決定的な意味の灯 パート2(6) 菩提心(1)

菩提心
帰依の実践に続くのは、発菩提心である。
一般に、たとえ心がダルマに向かっていたとしても、そのダルマが道として成就するかどうかは、菩提心を生起するかどうかにかかっている。自分が行なった大小さまざまな善行が、ブッダの境地を得るための方便となったとき、初めて、そのダルマが道として成就したということができる。
菩提心に支えられているなら、どれほど取るに足らない行為でさえ、ブッダの境地を得るための方便となる。ましてや善い行ないについては言うまでもない。
経典にはこう説かれている。
完全なブッダの境地を得たいと願う者たちは、
多くのダルマを修練する必要はなく、
ただ一つのものだけを修練すればよい。
その一つとは何か。
それは菩提心である。
菩提心には、便宜的・限定的(相対)な菩提心と、至高の意味(究極)の菩提心という二つがある。この二つは、八万四千のダルマの集積すべての根本であるため、その広大な教説をすべて説明し尽くすのは容易ではない。ここではそこまで詳細に論じないが、もし詳しく学びたいのであれば、カダム派の六大論書や、それに類する諸典籍を学ぶとよい。
要するに、相対的な菩提心の本質は慈悲であり、至高の意味の菩提心の本質は、永遠なる本性を悟る智慧である。この二つは、互いに依存しながら発展していく。
