yoga school kailas

ある若い修行者へのブラフマーナンダの助言(4)

 実践せよ、実践せよ、実践せよ。本当に神がいらっしゃるものかどうか、自分で見出だせ。時折は少しばかりの肉体の苦行を行なうもよかろう。
 絶対に、不必要なおしゃべりに時を浪費してはならない。常に神を思え。ものを食べているときに、座っているときに、寝ているときに、彼を思え。何をしていても神を思え。このような実践の反復によって、瞑想のときに楽に神を思い、彼に没入することができるようになる、ということに気づくであろう。心が瞑想に没入すれば、君の内部に歓喜の泉が湧き出るであろう。

 つまらぬ心配やつまらぬおしゃべりに時間を与えるな。つまらぬおしゃべりはエネルギーを大きく消耗する。ウパニシャッドにも、「すべてのむなしいおしゃべりを捨てよ」と書いてある。君のすべての時間を、真我の瞑想に捧げよ。

 ギータ―の中で、クリシュナは言っている――

 常に私を思い、私を信じ、私を愛し、私を供養し、私に帰依し、礼拝しなさい。
 そうすれば、君は必ず私のところに来られる。君は私の信愛の友だから、そのことを君に約束する。

 あらゆる宗教の形式を斥け、ただひたすら私に頼り、服従しなさい。
 そうすれば、私がすべての悪しきことから君を守ってあげよう。だから、なんら心配することはない。

 また、シュリー・ラーマクリシュナは常におっしゃった。「決して、心のエネルギーを浪費してはならぬ」と。これは、絶え間なく神を思っていよ、という意味である。世俗的な人は、自分のお金を浪費しないように非常によく気を付けるが、自分の心を浪費しているということにはほとんど注意を払わない。
 心に絶えず神を思うということほど偉大なことはないし、やさしいこともない。このような実践こそが、クンダリニーを目覚めさせるのだ。マーヤーのヴェールが一枚また一枚とはがされて、新しい視野が開けるのである。そうすると、君たちは自分の内に隠れていた驚くべき宝を見るであろう。自らの神性を展開させるのだ。

share

  • Twitterにシェアする
  • Facebookにシェアする
  • Lineにシェアする