解説「菩薩の生き方」第三十一回(1)

2019年9月1日
解説「菩薩の生き方」第三十一回
はい。今日は『菩薩の生き方』ですね。はい。いつも言うように『菩薩の生き方』は、シャーンティデーヴァの『入菩提行論』を、昔わたしが、解説をね、書き下ろしたものですので、その勉強会ですので、それをより深く読み込んでいく勉強会になりますね。
【本文】
大いなるすばらしいことは、不断の信仰心から生じ、また煩悩の対治から生ずる。またそれは、功徳の田地(ブッダ・菩薩方)と、恩徳の田地(父母)と、苦しめてくれる者より生ずる。
【解説】
すばらしい幸福、すばらしい転生、そしてすばらしい解脱・悟り、ブッダの境地――これらは何から、何を原因と条件として生じるのでしょうかという話ですね。
それはまず信仰心であり、そして煩悩を対治することによって生ずるんだと。
次にブッダや菩薩を功徳の田地と表現していますね。つまり我々がブッダや菩薩と出会い、帰依することで我々に功徳が生じるので、ブッダや菩薩は功徳の田地だというわけです。
次に父母。父母のおかげでこの肉体を得ることができ、また父母が無事に育ててくれたおかげで今、自分は修行することができます。だから父母は恩徳の田畑だというわけです。
そして最後に「苦しめてくれる者」。これは前述の「衆生」の話にも通じますが、自分を苦しめてくれる人がいるおかげで、自分は悪業を浄化し、忍耐力を強め、真理への心を確固たるものにし、また慈悲の心を強め、慢心を弱めることができます。だから「自分を苦しめてくれる者」も、自分をブッダへと導いてくれる大事な重要な因であり条件なのです。
はい。これは読んだとおりですけども――大いなる素晴らしいこと、それは素晴らしい幸福であったり、実際に来世素晴らしい世界に生まれ変わったりとか、あるいはこの輪廻も超えてブッダになったり。あるいは菩薩として、あるいはバクタとして、素晴らしい境地に至ったりとかね。そういった素晴らしいことは、まず、生じる条件がいろいろ挙げられていますよと。
はい。その一つは不断の信仰心であると。いつも言っているように、大乗仏教といわれるものの核というのは、まず空の教えっていうのがあって、それから慈悲の教えがあって、そして信仰心、つまりバクティですね。ただ、いつも言うように、なぜかというか、おそらくかっこいいからだと思うんだけど、多くの人が空の教えに非常にみんな食いつくわけだね。だから大乗といえば空みたいにいわれてるけども、実際にはそれはただの一パートであってね。あるいはもちろん、慈悲のことをいう人もいるけど。まあ慈悲と空とかよくいわれるわけですけど、実際にはもう一つのパートとして、この信、バクティ、信仰心がないと、すべてはうまく回らないわけですね。はい。だから第一に、不断の信仰心、これが必要だと。
