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シャブカルの生涯(22)

 ある日、わたしの根本グルのジャムヤン・ギャツォ・リンポチェに病の兆候が現われたため、彼はタシキルを去り、瞑想洞窟として知られている場所へ行きました。病のあいだ、彼にはあらゆる注意が払われ、彼の長寿のために多くの祈りが捧げられましたが、どれも効果がなく、ついに彼は他の世界へ去っていきました。
 わたしは大きな悲しみに打ちのめされました。家に戻ると、わたしは母に起こったことを話し、悲嘆にくれて、次のような絶望の歌を歌いました。
 
 「天界の住人すべての唯一の希望の対象、如意宝樹が
  突然倒れてしまった。

  如意宝樹が地に倒れたとき、
  孤独な神々はいったいどうなるのだろうか?

  貧しき者の唯一の希望、如意宝珠が
  盗まれてしまった。

  如意宝珠なくして、
  孤独な貧しき者はいったいどうなるのだろうか?

  栄光あるグル、彼の弟子たちの唯一の希望が
  他のブッダの浄土に去ってしまった。

  いったん真のグルが去ったなら、
  彼の孤独な弟子たちはいったいどうなるのだろうか?

  たとえわたしが奇跡的な力を持つ馬に乗り、
  地上をくまなく放浪したとしても、
  どこでそんな教師を見つけることができるだろうか?
  どこでグルにお会いできるだろうか?」   
  
 わたしは長い間、涙を流しました。泣いていると、わたしの母が次の言葉でわたしを慰めてくれました。

 「生まれてから今まで育ててきたわが唯一の息子よ、
  母の言葉を聴きなさい。
  落胆してはいけない。
  わたしはあなたにとって彼の優しさがどんなに素晴らしかったかを言うつもりはありません。

  わたしにとっても、
  彼は深いつながりのあるラマでした。
  グルの突然の旅立ちはわれわれのハートを破りましたが、
  絶望してひれ伏しても、何か良いことがあるでしょうか?
  彼の葬儀ためにわれわれができるかぎりのものを捧げることが
  彼の願いを叶えるただ一つの方法です。」

 母が話すにつれて、わたしの悲しみはおさまりました。

 われわれの所有物の中には素晴らしいゾモ(子供のヤク)がいました。わたしはわれわれが葬儀のために彼女を捧げるべきだと思い、母にそう言うと、母は同意し、ちょうど同じことを考えていたと言いました。

 翌朝、ある親戚が来て、こう言いました。

 「人びとはあなた方が葬儀にゾモを捧げるつもりだと言ってますが、それは本当ですか?」

 「ええ、そのつもりです。」
 
 とわたしが言うと、彼はこう言いました。

 「あなたがたは、ヨーギーの仲間たちが何を捧げるつもりなのかを知るべきです。そのほんの一部を捧げなさい。それで十分ですよ。結局、これは父母の葬儀ではないのですから。ゾモは取っておきなさい。」

 わたしはこのように答えました。

 「兄弟よ、あなたのアドヴァイスは心からのものですが、
  しかし、わたしの答えは反対のものです。
  
  あなたの言ってることは正しいですが――確かに彼は父でも母でもありませんが、
  彼の優しさは父母以上のものでした。
  わたしが求める深く広大な教えをなんでも、
  彼は惜しみなくわたしに注いでくれました。
  
  もしわたしがこれらの教えを実践するなら、
  高い世界への到達や、究極的な卓越した状態を得るでしょう。
  これによってわたしは幸運な存在になります。

  たとえわたしが三界を黄金で満たし、
  それを彼に捧げたとしても、
  わたしの師の優しさ、永続する幸福を授ける者の優しさに
  恩を返すことはむずかしいでしょう。
  
  たとえこの一頭のゾモを捧げることで、
  今日からわれわれ家族が暮らしていけなくなったとしても、
  わたしには何の後悔もありません。
  わが親愛なる親戚よ、どうしてそれを後悔しましょうか?
  
  (過去・現在・未来の)三つの時間の勝者方は
  一様にこうおっしゃっています。
  自分の師の髪の毛一本に対して供養することは
  千人のブッダ方に供養することよりも素晴らしいと。」

 わたしの親戚はこう言いました。

「わたしはあなたがた、母と息子が、生活していけなくなるかもしれないと思って、純粋な思いで言ってるのです。しかし、もしあなたがたがわたしのアドヴァイスを聞かないなら、あなたがたの善行を邪魔するつもりはありません。」

 そう言って、彼は帰って行きました。

 わたしはゾモを連れて行き、葬儀の供物としてそれを捧げました。わたしはグルの智慧の意思が叶いますようにという願いを込めてそれを行ない、彼の速やかな帰還を何度も祈りました。年上のヨーギーのツェブン・ギャルは小麦を皮革袋で7袋捧げ、そしてわたしの他の法友は彼らが集めた小麦と炒った大麦すべて詰めて皮革袋一つにまとめたものを捧げました。これらすべての他に、アルム、お茶、パン、小麦粉、大麦がショホンの百人の僧の前に置かれ、葬式の供養が完全かつ十分な形で行なわれました。ギャル・ケン・リンポチェも供物を捧げ、モンゴル族の人びともその知らせを聞くと、同様にしました。それを聞いた近隣の人びとはみなこう言って回りました。

「ンガワン・タシが彼のただ一頭のゾモを捧げたのは素晴らしいことだ。」

 ほどなくして、わたしは聖なる経典を書き写し、新しいゾモを一頭受け取りました。その後、われわれは妹を嫁がせてゾモをもう一頭受け取り、そしてさらにわたしは聖なる経典を読誦することでもう一頭受け取りました。わたしはこれはグルの祝福のおかげだと思いました。

 告別式の日、空は快晴でしたが、葬儀のストゥーパの東側には鮮やかな五色の虹が現われ、大部分は白くなっていました。心の息子たちはみな集まり、それを目にしました。グルは本物のブッダであるという認識が自然とわれわれの心の中で大きくなりました。これらの兆候は彼が明らかな喜びという東方のブッダの浄土(ヴァジュラサットヴァの浄土)に行ったことを示していると、われわれは思いました。

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