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サーダナーの指針の花輪(151~160)

151.
 この世界は心の詐欺であり、単なるうわべのものであり、そして長い夢である。
 あなたは遍在する真我である。
 ただこの一つの念を確立しなさい。

152.
 ヴェーダーンタは、あなたの骨、神経、細胞、そしてあなたの心臓の中の部屋へとしみこまれなければならない。
 迷妄の様々なフォームである、息子、娘、妻、またはいわゆる仲良し、親友、親近者――これらに対する愛著は、情け容赦なく断ち切られなければならない。
 そして、あなたが持つものは何でも――物質的、精神的、道徳的、そして霊的な所有物は、すべての衆生に分け与えなければならない。
 これが真のヴェーダーンタである。
 私は「口先だけのヴェーダーンタ」を信じない。それは単なる偽善である。
 真のヴェーダーンタがたとえ少しでも実践されるならば、それは人を素速く向上させ、そして彼を不滅で恐れなき者とするだろう。

153.
 イーシャーヴァーシャ・ウパニシャッドの詩を、暗記しなさい。
 毎日のスワーディヤーヤ(聖典読誦の戒行)において、これを唱えるとよいだろう。
 これは素晴らしいウパニシャッドである。
 また、瞑想の間にこの詩を心の中で繰り返すのも良い。

 
154.
 ジーヴァ・バーヴァ(個我のムード)とは反対の、「アハム・ブラフマ・アスミ(われはブラフマンなり)」というムードによって、個我のムードを破壊しなければならない。
 個我のムードは、ヴィヤーバハーリカ・ブッディ(一般的・相対的な理性)によって形成される。
 シュッダ・ブッディ(純粋な理性)を発達させることによって、このヴィヤーバハーリカ・ブッディ(一般的・相対的な理性)を破壊しなければならない。

155.
 瞑想によって、あなたの心の中の光り輝く至高の真我に安らぐことによってのみ、あなたは真の安らぎを得ることができるだろう。
 単に安楽な椅子に安らぐこと、あるいはベッドに寝転がって安らぐことには、真の安らぎはない。

156.
 私は実践的なヴェーダーンタを信じている。
 私は堅固な精神修行を信じている。
 私は、様々な世俗的な性質や心を完全にオーバーホールするのは善いことだと信じている。
 我々は、完全に恐れなき者にならなければならない。
 つまりそれは、真我のサインである。
 そこには言葉もない。
 議論もない。
 学ぶこともない。
 放浪もない。
 ただオームの中に住む。
 真理の中に住む。
 安らぎの中に住む。
 寂静になれ。
 偉大なる沈黙者になれ。
 偉大なる沈黙こそが、ブラフマンである。
 そこには安らぎがある。
 安らぎとは寂静である。
 

157.
 それは、すぐ近くにある。
 三つの苦しみの炎で焼かれて苦しんでいる人々を癒す、ブラフマンの甘露の海が、ハートの中にある。
 彼らは教えを学び、考え、瞑想することを通してその源をノックし、不死の甘露を飲まなければならない。 

158.
 自分で自分を上昇させなさい。
 自分で自分を内省しなさい。
 自分で自分を分析しなさい。
 自分で自分を調べなさい。
 自分で自分を浄化しなさい。
 自分で自分の手綱を引きなさい。
 自分で自分を悟りなさい。
 真我こそは、汝の至高の主と異ならないのだから。
 それこそが唯一の避難所であり、源であり、支えである。

159.
 すべての足は、宇宙に遍在する主ヴィシュヌの御足である。
 これを感じ取ったとき、あなたは直ちに悟りを得るだろう。
 よって、激しく奮闘努力しなさい。

160.
 内在する存在を感じなさい。
 我々のハートの内在者に、誠実でありなさい。
 オームを忘れるな。ソーハム。われは彼なり。
 真理に生きよ。オームに生きよ。
 あなたは遍在する真我である。
 すべては真我である。

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