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ケンツェ・ウーセルの歌

ケンツェ・ウーセルの歌

 グル以外には誰にも頼らないと決心することによって、そして、この暗黒の時代の悲しみに包まれた心の強力な切望によって、わたしは、春の女王であるカッコーのメロディの中で、「受容されるものと拒絶されるものを示す鏡」というこの歌を歌った。

 比類なき慈愛の主よ、主グルよ、
 広く名の知れ渡る栄光なる偉大なるヴァジュラダラよ、
 完全なる勝利のブッダの活動のカルマパよ、
 彼は栄光なるカキャプ・ドルジェではないのですか?
 信仰の心を持って、あなたの息子は泣き叫ぶ。
 父ジェツンは、わたしの声をお聞きになっていらっしゃいますか?

 存在の高みの頂点から、地獄の領域に至るまで、
 一切の衆生は、苦しみによって苛まれている。
 どうか、慈悲の眼で彼らを見てください。
 一般に、輪廻の状態の中には幸福はない。
 特に、五つの堕落がはびこる時代の衆生は、
 悪行を貪欲に修習する。
 彼らの心は調和の中になく、お互いがお互いを嫌悪する。
 愛しき両親ですら、子供に殺害される。
 人々は傲慢で、自分たちは偽善的な行為はできないと思っている。
 彼らは、来生のために何の準備をしたのか?
 たとえ彼らの今の行為でさえも、究極の目的への関心は、ゴマの粒ほどもない。
 どのようにこれを見ても、わたしは悲しみを感じる。

 一般に、人は輪廻の法に頼ることはできない。
 特に、物事が近頃どのようであるかということは、悲しいものである。
 この四大元素の無常なる身体は、虚弱で、死に逝く。
 死神である敵は、わたしの首に縄を投じる。
 しかしそれでも、現在の活動の障害がわたしの心を先導する。
 幾年、幾月、幾日が、背後から圧し掛かる。
 黒と白の行為のカルマは、前方からわたしをエスコートする。
 今何をなそうとも、わたしは今生の活動に気をとられる。
 わたしの心はダルマに従わなかった――わたしは中身のない複製品(レプリカ)。
 他者はわたしのことを、素晴らしき帰依処として見なすのだが、
 わたしに、彼らを守護できる力などない。
 わたしは、生と死のために、信仰ある供物を使う。
 昼夜は、ビジネスの業務の用意で過ぎ去る。
 たった一つの意味ある行為でさえも為されていない。
 今、じっと自分を見つめ、わたしは絶望する。
 フレッシュな行動力を持った若者でさえ、
 醜い老いという冷たい寒気に圧倒される。
 この肉体は、病に狼狽し、苦しみもだえる。
 けれども、永続性にとらわれたわたしは、この肉体を長い間存続させようと意志してしまった。
 グルよ、どうか、慈愛を持ってわたしを見てください。

 聞け、老いたパルデンパ(ケンツェ・ウーセル)よ!
 今行為するならば、善に則って行為せよ。
 心が計画するならば、来生の利益のために計画せよ。
 スートラとタントラの教えは広大で、限りない。
 完全なるダルマを完全に悟ること、
 それは、卑しきカルマを持つお前のためではない。
 お前は信頼されているかもしれないが、お前のような者がどのようにして、
 教えという荷物を運ぶことができるのであろうか?
 山に囲まれた、誰にも知られていない隠遁所の中で、
 基準点を持つことなく、お前の心をありのままにさせよ。そうすれば良くなるだろう。
 成就は、無尽蔵の富、精髄の宝石。
 失われることなきこの宝石で、お前の宝庫を満たせ。
 五毒という敵を解放してはならぬ。
 父ジェツンが頭頂を飾るなら、それは美しい。
 終わりなき仕事の猛烈な重圧によって、気をそらさせられるな。
 シンプルに休息し、自分のペースでやりなさい。
 中観、マハームドラー、そしてアティとして知られるもの、
 お前のような卑劣なものがどうやって、それらの秘密のエッセンスを悟れるというのか?
 苦痛なる努力をしてはならない。――ただ横になっているほうがいいだろう。

 チベットという雪の国の中の不運な衆生のための帰依処、
 偉大なる哀れみをお持ちの御方は、懇願されるべき存在。
 六つの音節の、尊敬するに足る小さな歌を歌え。
 お前の身体を普通にしていてはいけない。――神としてそれを瞑想せよ。
 お前の散漫な心を、基準点なしに、自己解放させろ。
 われわれの母である一切の衆生に対する慈愛である、菩提心を瞑想せよ。
 他者に良く見せようとせず、自と他を欺く行為を放棄せよ。
 雇い主なしで生きるほうがよいのではないか?
 感謝の念を持たぬ召使は、人の心を酷使する。
 召使を放棄したほうがよいのではないか?
 いかに行為しようが、そこに幸福はない。
 今お前が持つ一切のものですでに十分だと、心に留めておきなさい。

 完全無欠な宝石は、至高なる帰依処。
 それらは一切が、栄光なるグルの中に化身される。
 今から未来際に至るまで、彼への信を持て。
 この卑しき者が幸福になろうが、不幸になろうが、それは、あなた、グルにおまかせいたします。
 この召使には、頼るべき者はあなただけ。
 父なるグルよ、どうか、慈愛を持ってわたしを見てください。

 このように、ダルマラージャ・ジャンゴンという名で名誉を与えられたカルマ・パルデン・ケンツェ・ウーセルという怠け者は、心の中に生じた一切のものをありのままに書き下ろした。

 一切の家系の主よ、最上なる根本のブッダよ、
 栄光なるグルよ、どうか、わたしの心の真ん中に不可分にお住みください。
 わたしは、彼の最も劣った召使として、この至高なる勝利者に仕える。
 三つの活動を為すダルマの人としてこの怠け者を見なすことは、
 泥を金と見なすようなもの。
 慈愛から、あなたは、わたしをあなたの家系の主として見なされた。
 エマ、これは、かつての熱意の力の故。
 これは意図的でなく、ありのままの吉兆な縁起。
 わたしは、あなたの良き命令を、わたしの頭頂の装飾と受け取った。
 この心の意味の悟りの小さな歌は、
 最上なる気高き者を喜ばせる音楽の供物。

 まず、思考は、無常であり、苦しみをもたらし、
 無益な一切の条件付けられたダルマのあるところに生起する。
 次に、適切に完全なる道に入った後、
 あなたは、輪廻は放棄されるべきもので、ニルヴァーナは獲得されるべきものであると理解すべきである。
 そして次にあなたは、輪廻とニルヴァーナは同じものであるという確信を得るだろう。
 一切のダルマは、ジュニャーナ・ダルマカーヤの顕現。
 智性と無智の双方の入り口である今という時は、
 迷妄と解脱の一切の根である心。
 この今という時の心は、放棄されず、変えられず、作り上げられることはない。
 それは、自己顕現と自己存在、空、光明、遮られることなきもの。
 例外なく、一切の外的な現れ、そして内側の心のとらわれは、空性である。
 言葉によって示され得ず、心を超越するこの一なるものは、
 百の名によって示される、限りのないありのままの境地。
 スートラとタントラ、生起次第と究竟次第の百のメソッドによって、
 人は、ブッダとはこの今という時の心以外の何ものでもないと悟る。

 しかし、原初から完全に悟っておられる守護者であるあなたは、
 苦しむ衆生を利するために、人間の姿で現れました。
 あなたは、道のステージを行くことに御自らを疲れさせる必要はないにもかかわらず、
 例によって口頭の教えを示すために、われわれが理解できる道に現れるのです。
 段階的に経験と悟りを生じさせるように装われるのですが、
 あなたは確実に、大いなる一味と広大なる非瞑想を経験しておられる。

 この老いた男は喜んでいる。
 信、献身、歓喜を持って、わたしは胸の前で合掌する。
 昼夜の一切のときに、ありのままの信仰心を持って、
 わたしは、「教えのために、わたしの人生の目的を成就した」と考える。
 あなたは、ヴァジュラダラ御自身。
 カギューの黄金の花冠の系統の中に、偽って金であるように見えている真鍮のような不純物は入っていない。
 十方と三世の勝者方は、彼らの領域の中でこれを知る。
 ダーキニーとダルマパーラも同様にこれを知るに違いない。
 ランジュン・キャプダク・リクペ・ドルジェよ、
 非瞑想のダルマカーヤという偉大なる王国の中で、
 わたしの心があなたの心と不可分に溶け込むことができるよう、
 慈愛を持ってわたしを受け入れてください。
 この徳によって、勝者の教えが美しく装飾されますように。

 黄金の冠としてのわたしの頭頂に、偉大なる全智のギェルワンの命令を結合させて、わたしは、わたしの悟りの曼荼羅をあなたにささげ奉る。
 わたしは、あなたの至高なる経験と悟りの段階を尊敬する粗末な召使。
 至高なる帰依処の広大なる心と不可分でありますようにというこの熱意を持って、勝者の子であるわたし、ジャムゴン・トゥルクは、修正することなく、直接的にこれを書き下ろした。
 この供物が、あなたの智慧の眼を喜ばせるものになりますように。

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