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信仰と切望の歌

信仰と切望の歌

カルマパ十五世カキャプ・ドルジェ

 ブッダ・カルマパの偉大なるダルマの宮殿であるアカニシタのカルマ・ヴィハーラにて、ヴィクリタという鉄の獅子の年、わたしは、ダルマの王、全智のジェツンの御足に、身口意の偉大なる信仰心を持って、この歌をささげた。

 このわたし自身への勧告とグルの慈愛を強く求める祈りは、「信仰と切望の歌」と呼ばれる。

 キェマ!
 ジェツンよ、あなたは一切のブッダの化身であられる帰依処。
 あなたは、無数の過去世において悟りに到達されましたが、
 輪廻をさまよう者たちを導くため、
 人間の姿で戻ってこられるほどの慈愛をお持ちでした。
 父グルよ、偉大なる慈愛の宝よ、どうか、わたしのことを思ってください。
 わたしの存在がダルマと混ぜられるよう、祝福をお与えください。

 この最悪中の最悪の時代の中で、五つの堕落がはびこるとき、
 人生は、空の稲妻の閃光のように短い。
 朝、あなたに愛を向ける友は、夜にはあなたに嫌悪を向ける。
 これら一切は、昨夜の夢のよう。
 一般に、すべてのものは無常で、移り変わる。
 さあ、一切の永続性への固着の欲望を捨て去りなさい。
 父グルよ、どうか、慈愛を持ってわたしのことを思い、わたしのことを見てください。

 わたしは、実践の系統の門に入り、
 三つの誓いによってわたしの存在を訓練しようとしてきたが、
 この頑固な者は、海岸の餓鬼のように、
 不運な心を持っている。
 わたしが為すすべてのことは、八つの世俗の感情の力に陥る。
 他者を堕落させ、自分自身を破壊するダルマの修行者は、
 素晴らしい布で覆われた糞便のようなもの。
 さあ、今こそわたし自身の過ちを明らかにするときが来た。
 主グルよ、どうか慈愛を持って、わたしのことを考え、わたしのことを見てください。

 サフラン色の僧衣を着ているにもかかわらず、わたしは普通の男。
 菩薩の名を有しているにもかかわらず、わたしは欲望と嫌悪に満たされている。
 深遠なるマントラヤーナに入ったにもかかわらず、わたしの見解と行為は堕落している。
 わたしの心は放棄によって調御されていず、
 わたしはまるでカルマの法則を信用していないように、
 サマヤと誓いは、理論の領域の中に放置されている。
 敵を征服し、血縁者を守り、富を集め、貯蔵するなど、
 そのような無益な仕事が、わたしを奴隷にする。
 スガタの命令を頂いているにもかかわらず、
 わたしは、ブッダの従者であるということを誇る。
 煩悩というマーラに奴隷とせられ、
 わたしは、父カギューの、頑固で下劣な息子。
 わたしがわたし自身の行状を見る今、完全なる絶望が生起する。
 父ジェツンよ、どうか慈愛を持って、わたしのことを思い、わたしを見てください。

 この地上にまれに顕現される帰依処ジェツンは、
 わたしのような野蛮人を調御する方法に賢明であられる。
 あなたの慈愛はブッダの慈愛よりさらに大きい。
 あなたの慈愛を理解することができないわたしは、何と愚かなのだろう!
 あなたは、さまざまなサインと道によって、ダルマの口頭の教えをお説きになられる。
 これを理解することなく、わたしは他のどこかへダルマを探し、
 わたしの純粋なダルマへの好機はそこで失われてしまった。
 今こそ、あなたの為すことすべてを適切に見るべきとき。

 わたしは身口意をグルに頼ることで、
 多カルパ分の功徳と智慧の集積は完成され、無明は浄化された。
 わたしは、これがわたし自身を利していたことを知らなかった。
 わたしがわたし自身の利益のために善を実践したとき、
 シッディの果実は冷え、破壊された。
 わたしは、邪悪な見解によって束縛された。だからわたしは恥じている。
 今こそ、唯一の真実として、あなたの一切の言葉を見るべきとき。
 わたしは、抗し難い切望を持って懇願します。
 父よ、どうか、慈愛を持ってわたしを見てください。
 そして、あなたの祝福をお与えください。

 主よ、あなたはブッダであるにもかかわらず、わたしはあなたを人間だと思っていました。
 わたしは、あなたの巧みな方便のブッダの活動を、不完全なものだと見なしていました。
 私は、あなたの広大な行為を疑い、
 自分自身の、腐った内側を見なかった。
 絵の中の灯火のように、わたしの信は偽物であった。
 今、抗し難い信仰心で活気付けられたので、
 邪悪な見解という沼から、わたしを抜け出させてください。
 作り上げられることなき信のエネルギーによって活気付けられ、
 今こそ、神聖なる見解という治療に頼るべきとき。
 わたしは心の底から懇願します。
 父よ、どうか、慈愛を持ってわたしを見てください。
 そして、あなたの祝福をお与えください。

 死神として名高き敵が近づいてくるとき、
 それは、後悔するには遅すぎる。
 このダルマというベッドから、人は普通の死体となる。
 あらゆる者たちが吐き気を催し、わたしを嘲笑うだろう。
 わたしが輪廻をあてもなくさまようときがやってくるだろう。
 これについて熟考し、あなたの智性を研ぎ澄ませなさい。
 一切の現象の現れを、グルの遊戯として見なさい。
 この心を主の心に溶け込ませなさい。
 この不可分性の中から懇願しなさい。
 信仰と切望のこの歌の透明な音が、
 この完全無欠な帰依処の慈愛を呼び起こしますように。
 今こそ、この心の本質が培われるべきとき。
 困惑し、わたしは心から懇願します。
 父よ、どうか、慈愛を持ってわたしを見てください。
 そして、あなたの祝福をお与えください。

 もし二元的な固着の考えでけがされていないのならば、
 悟りに達した者として広く名高いその者は、
 この自ら光り輝く心と不可分である。
 よって、心によって作られた瞑想と休息のごまかしを放棄しなさい。
 今こそ、非行為という新たな顔を見るべきとき。
 わたしは、信仰と切望を持って懇願します。
 父よ、どうか、慈愛を持ってわたしを見てください。
 そして、あなたの祝福をお与えください。

 一般に、輪廻とニルヴァーナ、苦しみと喜び、
 これらの一切の現象は、主グルの慈愛。
 存在する一切の幸せと善は、ヴァジュラの存在であられるわたしの帰依処の継承物。
 これを、一切のかつての母である、すべての衆生たちに分け与えなさい。
 功徳と智慧の二つの集積の吉兆なる一致は、偉大なる装飾品。
 喜びへの固着に縛られずに、
 至福と空性の合一の修習の中から、
 わたしは、信仰と切望を持って懇願します。
 父よ、どうか、慈愛を持ってわたしを見てください。
 そして、あなたの祝福をお与えください。

 存在する苦しみと好ましくない物事の一切は、
 主グルの優しきブッダの活動。
 人は六つの領域の一切の母たちの苦しみを引き受けるべきだ。
 これは、無明を浄化する口頭の教えという智慧の炎。
 苦しみには自己本質はない。
 感覚と空性の合一の修習から、
 わたしは、一心の切望を持って懇願します。
 父よ、どうか、慈愛を持ってわたしを見てください。
 そして、あなたの祝福をお与えください。

 概して、生じるものすべての幻影を追いかけることなく、
 現れと空性の合一の中で休息しなさい。
 土台なく、根のない本質を見よ。
 見るものと見られるものはどちらも空。
 それらの非二元的な合一の中は、
 原初の本性の境地のままである。
 わたしの心のグルの御顔は見られ、
 わたしは、大いなる至福の王座をつかむことを確信する。
 よって、あなたに、この無慈悲で不誠実なる者は、
 怠惰でなく絶え間なく祈り、
 不必要な活動を放棄します。
 父よ、どうか、わたしの思いをご理解ください。
 三世の理解者よ、わたしの思いをご理解ください。
 昼と夜の六回の周期を通じて書いた切望の歌と共に、
 あなたの息子は、一心に切望を持って懇願します。
 父よ、どうか、慈愛を持ってわたしを見てください。
 そして、あなたの祝福をお与えください。

 作り上げられることなき信仰心が燃え上がる。
 どうか、解脱と悟りのサハジャの智慧を生じさせてください。
 吉兆なる一致が、衆生の自ずから生じる利益のために、同時に生じますように。
 主よ、どうか、わたしをあなたと不可分にしてください。

 修行者、ラマ・カルマ・ギェルワンは、スカーフと銀のバターランプの供物を持って、作り上げられることなき信仰心を生じさせるであろう祈りを書くように、私に促した。
 シッダであられる先達たちの言葉より偉大なものはない。
 わたしのような卑しい者によって書かれたものは、無意味であり、ただわたしをうんざりさせるだけだが、それでもわたしは、わたしを励ましてくれた者の頼みを拒みたくなかった。
 さらに、もしそれが、自分自身に助言するため、自分と同じような運命を持つ他者の心を向上させるため、そして信仰心を増加させるための好機になるとしたら、それは間違いではないかもしれないと考え、この暗黒の時代の師であるふりをしている、カキャプ・ドルジェとして知られるこの怠け者は、心に生じた一切を、文字という花冠に乗せた。

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