yoga school kailas

「身体のあり方」

◎身体のあり方

 次は、身体のあり方。これはちょっと具体的な身体技法的な話になってきちゃうわけだけど、ちょっとこれもいってみましょうかね。

【本文】

2:身体のあり方

『「身体のあり方」とは、チャクラやナーディなどがどこにあるか、どのようなときにどこに集中すべきかというような、深い方便道の問題を扱う場である。
 それは流派によって微妙に違いがあるので、師の教えによって、詳しく学ぶべきである。』

 これはヨーガともとても関わりがあるけど、チャクラ、そしてナーディ、そしてどういう形でナーディを通していくかとか、それは流派によっていろんなやり方があると。われわれが日々やってるようなヨーガの修行も、まさにここの部分に属しますね。

◎トゥンコルとトンラの修習

【本文】

②:道を進む次第

 道を進む次第には二つある。
 1.トゥンコルとトンラの修習
 2.道そのものの修習

1.トゥンコルとトンラの修習

『トゥンコルとトンラの修習が堅固になれば、ナーディやプラーナの修習において、強い痛みが生じることはない。
 また、もし痛みが生じても、このトゥンコルとトンラの修習により、痛みを消すことができる。』

 はい、このトゥンコルとトンラ。特にトゥンコルというのは、これはつまりヨーガです。ヨーガっていうか、アーサナとか呼吸法とかムドラーとかと関わってくる。つまり、考え方は完全にヨーガのアーサナ、プラーナヤーマ、ムドラーとかと同じ。

 「ナーディやプラーナの修習において、強い痛みが生じることはない」っていうのは、つまり、実際瞑想とかで気の流れをさっき言った中央の気道とかいろんなところに通していくわけですが、その前の段階で、身体が例えば気道が詰まりまくってたりすると、つまりその非常に汚い詰まってばかりいるところを無理矢理通すことになるから、いろいろ痛みが生じたりとかするんだね。

 ただね、これはぶっちゃけて言うと――ヨーガってみんなどう考えてるか。「ヨーガやると健康になりますね」「ヨーガやると体が爽快になります」――これは正しい。でもそれは第一段階です。つまり第一段階っていうのは、例えば体が健康になる、あるいは痩せてくる、あるいは爽快感が出てくる。これは、余りにもひどい精神や神経や肉体の状態を、まず元に戻してるんだね。

 はい、元に戻りましたと。「あなたは人間として、もうまっとうな、もう本当に体が爽快で神経も整っていて、いい状態になりましたね」と。「はい、じゃあ次、人間を越えましょうか?」という段階になってくる。

 人間を越える段階――つまり人間から神や解脱者に進化する段階においてですよ、「じゃあ人間としてはこれで良かったが、より高い段階に移行するには、あなた、そことそことそこ詰まってますよ」と。それをヨーガによっては、物理的に詰まってる気道を、思い切り通そうとするんです。そのときに――これはちょっとぶっちゃけていうと――病気になります。まあ病気っていうかな、ある場合は原因不明の痛みが生じる。ある場合は、いろんなタイプの病気になる。それは例えば、医者に行けば何か名前付けられて、何とか病ですとか言われるかもしれない。それは表面的なつじつま合わせみたいなもので、実際はその人が乗り越えなきゃいけない部分を、肉体的に気が通ろうとしてるんだね。通ろうとしても詰まってるから、そこにエネルギーが集中しちゃって、そのけがれてる部分が一時的に増大したような感じになって、ちょっと病気になる。あるいは病気ではないんだが、すごい痛みが生じる場合がある。これをよく「浄化」って呼ぶんだけど(笑)。これはもう避けて通れないんだね。

 このトゥンコルとかアーサナとかいっぱいやっても駄目です(笑)。もちろん和らげることにはなるけどね。しっかりと身体のこういう技法をやってると、浄化がスムーズにいくとはいえる。でもまあやっぱり、浄化は避けて通れないね。

 で、それは、どんな浄化が起きて、どの程度の強さで、どの程度長引くかっていうのは、完全に人によります。その人の持ってるカルマによるから。まあそうだね、その人が持ってるカルマと、その人がどれだけ激しい修行をしたかと、その人が何を目指しているかによって違うね。

 カルマがものすごく悪ければ、ちょっと修行しただけですごい浄化が起きます。あるいはカルマはそんなに悪くないんだけど、激しい修行をしたり、すごい高い境地を目指してたら、やっぱりそのちょっとしたカルマも浄化しなきゃいけないから、ばーって浄化が出ます。

 もちろんこれは肉体面だけではない。現象としても出たり、あるいは精神的に出たりする場合もある。

 とにかくもう一回言うけども、ヨーガというのは第一段階では、心も体も、あるいはこの世のいろんな出来事も、すべて幸せになっていきます。ね。ここで終わってももちろん問題ないんだよ。その人は、この世でとても心が安らかで体も爽快で、人間関係も良くなりました。ヨーガって素晴らしいですね――これで終わってもOK。でも、さらに進みたかったら、その人がもともと持ってるカルマの浄化として、肉体の苦痛、あるいは精神の苦痛、あるいはいろんな現象的な苦痛が生じることは覚悟しなきゃいけない。

 最初から生じる人もいます。「いや、先生そう言いますけど、わたしヨーガやってから全く幸せになったことがありません」と(笑)。ね。「苦しいことばっかりです」――それは、完全な修行者のカルマなんです。前生から修行してる人の場合は、最初からそうなります。最初から浄化ばっかりの人生になります(笑)。それはそれで素晴らしいんだけどね。

 とにかく、その人が高い境地を目指そうと思ったら、やっぱり浄化っていうのは不可欠なんです。だからここでは、一応はこういうのやってると痛みが生じませんよとは書いてますけど、それは防御策にはなるけれども、全く生じないってことではない。

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