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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第二回(10)

 はい、そしてここに「菩提心をあきらめない力」ってありますが、つまり、最初にそのような気持ちを持ったとしても、実際この菩提行、菩薩行っていうのは、ものすごく大変なわけです。ものすごく、なんていうかな、苦難の道と言ってもいい。
 わたしたちがもちろん、自分のカルマだけを見すえて、まずは自分が浄化されて、自分が幸せになっていく道も結構大変です。なぜかっていうと、当然、過去に積んだカルマとの戦いがあるからね。でも、これは菩薩行に比べればまだまし。つまりは自分がやったことを清算すればいいだけだから。でも菩薩行っていうのは単に「はい、あなたこれだけ積んだから、はい、これで浄化して終わり」じゃなくて、みんなの苦悩を背負えるくらいの状態に自分を鍛えなきゃいけないわけだから、当然自分が悟るだけ以上の、多くの試練が当然やってくるわけですね。
 その人が菩提心っていうのを――つまり「わたしは菩薩の道を歩こう」って決意したり、心に願った段階から――つまりこれはちょっとマンガ的に言うと、例えばM君が「わたしは菩薩の道を行きます」と、「わたしは菩薩になりたいです」って神や仏陀に強い思いを向けると、神や仏陀は「おお、そうか!」と。「オッケー!」と(笑)。「分かりました」と。「じゃあ、覚悟はできたな」と。ピピピピッ……ってやって――ちょっとマンガ的だけどね。「はい、じゃあセッティングした」と。「よし、お前、後悔するなよ」と(笑)。「お前、今までの心持ちだったらね、つまり、単に悟りたいっていうんだったらこれだけで良かったけど、菩薩になるんだったらこれだけ必要だ」と。「さあ、行け!」と。ピーッて感じでどんどん苦悩がやってくるわけですね(笑)。それはつまり、菩薩になるための、鍛える苦悩なわけだけども。まあ、そういうのが必要なわけですね。
 で、もちろん、単に自分を鍛えるだけではなくて、多くの例えば、本当は関わらなくてもいい、他者との関わり合いが当然生まれるわけだね。本当は別に関係ないんだけど、でも自分がその人を救いたいと思ったら、いろんな人と関わらなきゃいけない。そこで生じる――つまりその、相手のカルマに介入してしまったが故の、いろんな苦悩がまたやってくるわけですね。

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