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◎チャンダーリーの火のヨーガによって、幻身と光明と夢の修行を修習する方法

◎チャンダーリーの火のヨーガによって、幻身と光明と夢の修行を修習する方法

 生命エネルギーが中央管に入り、とどまり、溶け込むというプロセスが生じないと、「アーローカ(輝き)」「アーバーサ(増大する輝き)」「ウパラブダ(達成直前)」という三つのサマーディは生じない。
 この三つのサマーディが完全に生じることで初めて、完全な幻身を成就するのである。

 幻身のヨーガの修行においては、まず、自分の身体が影像のように実体がないものであることを様々な方法で理解していき、さまざまな好き・嫌いの分別を断じ、一味平等にしていく。これが基礎的な幻身の修行である。

 そして自分の身体をイダムであると観想し、苦と楽を一味平等として悟っていくのが「清浄な幻身」の修行になる。

 好き・嫌いの分別を断じて一味平等にしていくためには、空性の見解を十分に理解したうえで、サハジャの歓喜と合一させ、瞑想においてそれを味わうことが、主なる方法となる。
 これをよく維持したならば、瞑想から立ち上がって現実生活に戻った時に、目の前にあらわれるすべての現象は、「幻」として認識される。

 また、生起次第のプロセスにおいて説明したように、日常生活において現われるすべての顕現を、すべてはイダムとその宮殿であると見て、その本質として現われる堅固なサマーディを生じさせ、すべてのあらわれを浄化していく、ということを修習するならば、自分自身は実体のないイダムであるという認識が、自然に生ずる。

 睡眠時に、光のヨーガと夢のヨーガを同時に実践したいのであれば、まず最初に睡眠の光明を保ち、その後に夢の修行に入るのである。

 生命エネルギーを中央気道に集めることができない者は、昼間に一生懸命修行して、それができるようにすべきである。

 昼間の覚醒時に、生命エネルギーを中央気道に入れ、止め、溶けこませ、四つの歓喜と四つの空を経験し、サハジャの歓喜があらわれたときに「楽空無差別」と見る。
 瞑想から覚めるときは幻身の姿を生起させ、あらわれるすべての現象を、聖なるマンダラであると見る。 
 ここまでできれば本来、修行は十分なはずであるが、さらに睡眠時の光と夢などの修行をなぜ学ばなければいけないのだろうか。

 睡眠時においては、自然にプラーナが心臓のチャクラに集まる。そして覚醒時にプラーナを中央気道に入れることができる人が、中央気道の心臓部分に意識を集中して眠るならば、左右の気道のプラーナは中央気道の心臓部分に容易に集まり、覚醒時よりも容易に、四つの空の経験をすることができるのである。それを利用してできるだけ睡眠時に光明を維持する努力をしたならば、その力によって、覚醒時にも中央気道にエネルギーが集まりやすくなる。よって、睡眠を利用した光のヨーガをするとしないとでは、修行の進度が大きく違ってくる。
 また、この世で解脱に達する前に死んでしまった場合も、睡眠の光明を保つことに熟達していれば、死後の光明を保つことも、他の者よりも容易になるのである。

 同様に、睡眠時の光のヨーガの後に、夢の中で幻身を操ることに熟達すれば、覚醒時に幻身を成就することも容易になるのである。
 また、この世で解脱に達する前に死んでしまった場合も、夢の幻身を保つことに熟達していれば、死後の中間状態の幻身を保つことも、他の者よりも容易になるのである。

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