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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(76)

◎ジャムヤン・キェンツェー・ワンポがパトゥルからのアドヴァイスを撤回させる

 ケンチェン・タシ・ウーセルは、パルプン僧院出身の、位の高い学者であった。
 ジャムゴン・コントゥルから学び、教えを受けた後に、ケンポは非常に厳格な僧となり、黄色のショールを羽織り、托鉢の椀と杖を持って、細心の注意を払って出家僧の戒を守っていた。
 後に、彼はパトゥル・リンポチェから教えを受けたいと思った。パトゥルは彼を一目見て、こう言った。

「その身に着けているごちゃごちゃとしたものは何だ?」

「弟子が師に近づき、『どうか、わたしに食べ物、衣服、教えをお与えください』と懇願するのは伝統ではないでしょうか。」

 ケンポはそう言った。するとパトゥルは、後で戻ってくるようにケンポに言った。
 ケンポが戻ってくると、パトゥルは彼に食べ物、本、衣服を一枚あげて、こう言った。

「はい、さようなら!」

 タシ・ウーセルは、長時間パトゥルに教えを懇願し続け、最後にやっと滞在する許可が与えられた。その後、タシ・ウーセルは、かなりの長い月日をパトゥル・リンポチェと共に過ごし、教えを学んで、瞑想を実践した。
 パトゥルは、所持品と快適さをもたらす物をすべて放棄し、白いフェルトでできた古い衣を身にまとうよう提案した。

 パトゥルは言った。

「息子よ、放棄者になりなさい。山々の子供であり、霞を衣として身にまとった師ズルチュンパのようになりなさい。無地の白いフェルトのコートを着なさい。馬に乗ることをやめなさい。どこへ行くにも歩いて行くのだ。(人や活動に)執拗に関わり過ぎることをやめ、ミラレーパのようにシンプルに生きなさい。」

 ケンチェン・タシ・ウーセルはパトゥルの助言を聞き入れ、放浪の托鉢僧として生きることに同意し、所持品を捨てた。
 パトゥルのライフスタイルは、限りなく計画性がないものであった。それゆえに、前出の、パトゥルの旧友であり今となっては著名なラマとなったジャムゴン・コントゥルとジャムヤン・キェンツェーは、からかうようにこう言っていた。

「あのパトゥルの生き方は、本当にシンプル過ぎるよ。あれで何か人のために役になっていればいいのだがな!」

 それから間もなくして、パトゥルおすすめの、みすぼらしい白いフェルトのコートを着て、ケンチェン・タシ・ウーセルは、偉大なるジャムヤン・キェンツェー・ワンポに会いにゾンサルへと向かった。

「ケンチェン・タシ・ウーセルが来られました!」

 従者がキェンツェーに言った。

「まるで、”パトゥルの弟子”であるかのような格好をしています!」

「僧たちの部屋に上げてくれ。」

 キェンツェー・ワンポはそう答えた。
 珍しく、ケンチェン・タシ・ウーセルはすぐにはキェンツェーのところに案内されず、ラマの従者に、座ってしばらく待つようにと言われた。
 数日が過ぎたが、何も音沙汰がなかったので、タシ・ウーセルは、「もしかすると、わたしは率先して師にお会いしに行くべきなのではないか」と考えたが、従者に入れてもらえず、部屋でしばらく待つようにと言われたのだった。
 この”しばらく”は、一週間、そして十日と過ぎていった。ケンチェン・タシ・ウーセルは、いよいよ不安になってきた。

「今までは、キェンツェー・ワンポは常にわたしに対して優しく、すぐに会ってくれていたのに、こんなに長い間待たされるということは、何かわたしに間違いがあるのではないか。」

 タシ・ウーセルは、自分がジャムヤン・キェンツェーの気分を害するようなことを何かしていなかっただろうかと、自らの心を省みたが、何も自らをとがめなければならないような明らかな過ちは見つからなかった。

「一体、何をしたというのだろう。」

 タシ・ウーセルは考えた。

「ジャムヤン・キェンツェーは、わたしの悪しきカルマと迷妄を浄化するために、こうしているに違いない。」

 ケンチェン・タシ・ウーセルは生まれながらの偉大なラマであったが、このことで生じた疑念は彼の心をひどくかき乱した。最終的に彼は、惨めになって泣き出してしまった。
 そして遂にキェンツェー・ワンポは、タシ・ウーセルのもとに遣いを送った。
 タシ・ウーセルが偉大なる師のもとにやってくると、キェンツェー・ワンポの玉座の隣に法座が用意されていた。その上に、きれいにたたまれた法衣が一式、重ねて置いてあった。ジャムヤン・キェンツェー・ワンポは、白いコートを着たケンチェンを厳しく睨みつけた。そして腹立たしげに、タシ・ウーセルを叱り始めた。

「おまえは、パルプン僧院から来た偉大なケンポではなかったのか? ケンチェン(偉大なる学者)という位は、途轍もなく大きな栄光なのだぞ! それなのに、おまえの着ているそのみすぼらしいぼろ切れは何だ?」

 こう言って、キェンツェー・ワンポは怒りを露わにした。

「これは、あの気狂いパトゥルの仕業に違いない! そのぼろ切れを脱いで、この法衣を着なさい。そして、その玉座に座るのだ!」

 ケンチェンはためらった。

「何を考えているのだ? その臭い衣を身につけておきたいがために法衣を捨てるのか?」

 キェンツェー・ワンポは要求した。
 タシ・ウーセルはそれに抵抗して、懇願した。

「どうかわたしに強要しないでください!」

 キェンツェー・ワンポは脅した。

「あと一秒ためらったら、この杖でおまえをぶつぞ! さあ、もう二度とそのような気違いじみたことをしないと誓え!」

 ケンチェン・タシ・ウーセルはしぶしぶ同意し、キェンツェー・ワンポの言うとおりにした。
 その後、偉大なラマ、ジャムヤン・キェンツェー・ワンポは、再び以前と同じように、タシ・ウーセルに対して温かく優しい態度になった。キェンツェー・ワンポは、ケンチェン・タシ・ウーセルが、放浪の世捨て人になるよりも学者であり続ける方が、法と衆生のためになると見越していたのだった。

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