神と衆生への愛
かつてヴィヴェーカーナンダは、
四つのヨーガが必要だと言った。
それらを私なりに簡潔にまとめると、以下のようになる。
☆バクティヨーガ(神への愛)
☆カルマヨーガ(神の使命の遂行、無私の行為)
☆ラージャヨーガ(神以外の現世放棄、エゴの放棄)
☆ジュニャーナヨーガ(非二元的な、言葉であらわせない宇宙の本性の悟り)
さらに現代の我々にとっては、もう二つほど有用なものがあると思う。
☆ボーディサットヴァヨーガ(衆生への愛、菩薩道)
☆クンダリニーヨーガ(物理的エネルギーによる覚醒、解脱)
ヴィヴェーカーナンダの定義では、ここでいうボーディサットヴァヨーガはバクティヨーガに、クンダリニー・ヨーガはラージャヨーガに含まれている。
さて、これらを総合的に進めるのが理想なのだが、
短い人生、我々の時間もエネルギーも限られている場合、最も重点を置くべきなのは、
☆神への愛(バクティヨーガ)
☆衆生への愛(ボーディサットヴァヨーガ)
この二点ではないかと、個人的な経験では思います。
その他のものは必要ないわけではなく、この二つを支える補助として必要である。つまりこの二つが表面的なものにならないように、エゴの放棄をはじめとした他の要素が補助として必要になってくる。
しかしあくまでもメインとなるのは、
☆神への愛
☆衆生への愛
この二つをいかに高め、深め、成熟させるかではないかと思います。
この二つを完成させることにこそ、人生をかけるべきでしょう。
その細かい理由などはちょっと表現しづらいのですが、これは私の経験上からの個人的意見です。
あえてある表現をするなら、現象の背後でかくれんぼしているあのお方を、捕まえるのです。
衆生の姿になって隠れているあのお方と、
恩寵を与える者として常に見守ってくださっているあのお方を。