yoga school kailas

マハープルシャ・シヴァーナンダの生涯(長編)(14)

第三章「苦行と巡礼」

 1886年の8月、シュリー・ラーマクリシュナはマハーサマーディにお入りになり、肉体からの解放を得られた。
 師の御足の下に集ったターラクと他の弟子たちは、悲しみの大海に放り出された。師は彼らの崇拝の対象であり、絶え間ないインスピレーションと力の源であり、唯一の避難所であり支えであったのだ。
 しばらくの間、彼らは茫然自失のように見えたが、間もなく実際の霊的な経験を通して、死はひとつの部屋から他の部屋へ移るようなもので、師は小さな部屋からもっと広い庭園にお行きになったのだと悟り、心の平穏を取り戻したのだった。
 目に見える肉体レベルにおいて彼らを導き、鼓舞し、祝福されていたラーマクリシュナという神聖な力は、目に見えない、より広範に精妙な霊的世界において機能なさるために、この世界を去られたのだった。そして彼らは苦難に直面しているときに、師の御手が彼らをお守りになっているのを感じたのである。

 師の指示のもとで出家の準備を進め、コシポルで師にご奉仕していた若い弟子たちは、師の死後、カルカッタの近くのバラナゴルの借家に集い、そこで、初期のラーマクリシュナ教団の僧院が三ヶ月の内に創設された。
 シュリー・ラーマクリシュナから黄土色の布を授かった弟子たちは、師の死後 ヴィラジャ・ホーマという伝統的な儀式を執り行なって、正式に出家の誓いを立て、出家修行者となった。
 彼らの家族や過去を想起させる古い名前は、新しい出家修行者としての名前と引き換えに廃棄された。
 ターラクは、彼のシヴァ神のような気質から、スワミ・シヴァーナンダと名付けられた。
 グループの指導者であり相談役でもあるナレンは、その鋭敏な知性と深い霊的理解と悟りを持って、師の教えと理想の解釈を担っていた。

 師の死によって生じた喪失感を埋めるために、これらの出家者達は、日々長時間を祈りと瞑想に費やした。彼らは生活上の快適さを拒絶して、大変質素に暮らした。教学、討論、賛歌の歌唱は彼らの日課の一部となっていた。
 ときどき、慣れ親しんだ環境から離れる必要性を感じると、彼らは各々で、あるいは何人かで僧院を出て、邪魔されることなく神との交流を満喫出来そうな聖地や人里離れた場所を探し求めた。
 彼らが内に感じた喜びと平穏は、数々の苦難と欠乏を補填して余りあるものであった。

 今やスワミ・シヴァーナンダとなったターラクは、出家修行者の放浪生活に大変魅了されていたが、その心を抑えて、暫くの間は落ち着いた生活を送った。
 そしてあるとき、彼はヴリンダーヴァンへと巡礼の旅に出て、そこからぶらりとシヴァの聖都ヴァーラーナシーに向かった。この巡礼の旅が彼にとって素晴らしいものであったことは疑いのないことである。彼はさまざまな寺院の訪問を楽しみ、これらの古の地への訪問は、彼の心を神への情熱で満たした。
 彼はヴリンダーヴァンに約一ヶ月、ヴァーラーナシーにはそれよりももう少し長い期間滞在し、自分の望んだ生活をしながら、次なる段階への聖なる導きを待っていた。
 すると、スワミ・ヴィヴェーカーナンダから、「バラナゴルへ来て、新たに創設された僧院の設立を手伝うように」との呼び出しがかかった。
 マハープルシャ・シヴァーナンダは直ちにそこへ向い、骨の折れる状況に囲まれて、自分の役目を果たすための仕事にかかりっきりとなった。
 もともと彼の人生は、僧院での徹底した瞑想的な生活だった。すでに会得した経験や悟りに満足することなく、霊的世界におけるさらなる素晴らしい永遠なる成就を求めて、さらなる深淵な境地へと没入したいと願い続けた。その当時の彼は、飽くことなき神への渇仰に圧倒されているかのように見えた。

一人の兄弟弟子によって目撃され、生き生きと描写された、そのころのあるシーンを記そう。

「それは、8月か9月のある日の午後のことでした。ほとんどの修行者たちが放浪に出ていたために、ほんの少数の者しか僧院にはいませんでした。
 しとしとと降る雨の音、それらが木に降り落ち、風に乗って運ばれてくるその香りは荒れ果てた僧院の静寂を際立たせていました。
 大部屋ではスワミ・シヴァーナンダとサーラダーナンダが休んでおり、二人とも大変静かに半分ベッドに寄り掛かった姿勢で横になっていました。スワミ・シヴァーナンダは自らの思いに深く耽っているように見え、厳粛で寂静、目は涙で滲んでいました。それはスワミ・サーラダーナンダも同じでした。
 しばらくして、マハープルシャは静寂を破り、こう言いました。

『シャラト(スワミ・サーラダーナンダ)! わたしが歌う間、タブラを叩いてくれないか?』

 そして、姿勢を真っ直ぐに正し、かつてラーダーがシュリー・クリシュナに恋焦がれて歌った、以下の歌の一節を歌いました。

 主はマトゥラーに行ってしまわれた
 彼は、わたしにとっての光、わたしの魂の歓喜
 一人の庇護された女であるわたしは、ただそこに立ち往生するだけ
 まるで萎れたマラティーの花輪のよう
 わたしの愛しい人と共に、私の人生の喜びも去ってしまった
 わたしに残されたのは、この心の激しい苦悩のみ

 
 スワミが本当に甘美な調子で気持ちを込めてその歌を歌ったので、わたしは深く感動しました。僧院の建物までもが、漂う哀愁を捉えて、同情の涙を流しているかのようでした。
 人生のすべての喜びと幸せは、愛する主と共に消えてしまった。それがこの歌が帯びていた重い空気でした。スワミは二人とも、涙を流して泣いていました。すすり泣きと涙の中で、ときどき、あまりの感情の高まりに歌うことが不可能になり、沈黙によって途切れるとき以外、歌はしばらく続きました。
 あの日、シュリー・クリシュナとの別離によって生まれたラーダーの悲嘆の物語が、私の眼前で再演されるのを目の当たりにしました。これら二人のスワミの深い胸のうちで猛威を振るう神への渇仰と心の動揺の嵐は、彼らのすすり泣きと涙というかたちで表わされていました。それは、他の出家修行者たちにもまた見られたものでした。」

share

  • Twitterにシェアする
  • Facebookにシェアする
  • Lineにシェアする