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「ドラウパディーの悲哀」

(22)ドラウパディーの悲哀

☆主要登場人物

◎ユディシュティラ・・・パーンドゥ兄弟の長男。ダルマ神の子。インドラプラスタの王。
◎ビーマ・・・パーンドゥ兄弟の次男。風神ヴァーユの子。非常に強い。
◎ドゥルヨーダナ・・・クル兄弟の長男。パーンドゥ兄弟に強い憎しみを抱く。
◎ドリタラーシュトラ・・・クル兄弟の父。パーンドゥ兄弟の叔父。生まれつき盲目の王。善人だが優柔不断で、息子に振り回される。
◎ドラウパディー・・・パーンドゥ五兄弟の共通の妻。
◎カルナ・・・実はパーンドゥ兄弟の母であるクンティー妃と太陽神スーリヤの子だが、自分の出生の秘密を知らず、ドゥルヨーダナに忠誠を誓う。

※クル兄弟・・・盲目の王ドリタラーシュトラの百人の息子たち。
※パーンドゥ兄弟・・・ドリタラーシュトラの弟である故パーンドゥ王の五人の息子たち。実は全員、マントラの力によって授かった神の子。

 ドゥルヨーダナの御者のプラーティカーミンは、ドゥルヨーダナに命じられたとおりにドラウパディーのところへ行くと、彼女にこう言いました。
「王女様。ユディシュティラ様は、さいころ賭博の魔力にとりつかれ、いろいろなものを賭けて、あなた様までも失ってしまいました。もはやあなた様は、ドゥルヨーダナ様のものとなってしまわれたのでございます。そこで私はドゥルヨーダナ様のご命令を受け、あなた様にドゥルヨーダナ様のお屋敷で召使として働いていただくために、お連れしに参りました。」

 この知らせはドラウパディーにとっては魂をつぶすほどの衝撃的なものではありましたが、ドラウパディーは毅然とした態度で、こう言いました。
「御者よ、ユディシュティラに、自分自身と自分の妻と、どちらを先に賭けたのかを聞きなさい。その答えを聞いてからでなければ、私を連れて行くことはできません。」

 そこでプラーティカーミンは賭博場に帰り、この伝言を伝えましたが、ユディシュティラは何も言わずに黙っていました。ドゥルヨーダナは、
「ドラウパディーをここに連れてきて、自分でユディシュティラに聞くように言え。」
とプラーティカーミンに命じました。

 しかしプラーティカーミンがそれをドラウパディーに伝えても、ドラウパディーは応じようとはしませんでした。怒ったドゥルヨーダナは、今度は自分の弟のドゥッシャーサナに命じました。
「お前が行って、ひきずってでもいいからドラウパディーを連れて来い。」

 邪悪な心を持つドゥッシャーサナは、ドゥルヨーダナに命じられて喜び勇んでドラウパディーのところへと行くと、彼女にこう言いました。
「おいでなさい。何をぐずぐずしているのですか? あなたはもうわれわれのものなんですよ?」

 そしてドゥッシャーサナは、逃げようとするドラウパディーの髪の毛をつかんで、力づくで賭博上へと連れてきました。

 観衆の集まる賭博場に無理やり連れてこられたドラウパディーは、そこに集まる長老たちのほうを向くと、涙がこぼれようとする目を上に向けながら、すすり泣きで途切れがちな声を振り絞って、こう言いました。

「腹黒で賭け事に長けた人々にだまされ、さいころ賭博の罠にはまってしまったユディシュティラが、私を賭けようとすることに、あなた様方は同意なさったのでございますか? 
 皆様がもし、あなたたちをお産みになり乳をお与えになられた母上を愛し敬われますのなら、あなたたちにとってもしかわいい妻や妹や娘の貞操が大切でありますのなら、皆様がもし神や人の道を信じておられますのなら、死よりもむごいこの仕打ちの中に、私を見捨てないでほしいのです。」

 ドラウパディーの哀れな嘆きの声を聞いて、長老たちは悲しみと恥ずかしさで皆うなだれてしまいました。

 そのとき、ドゥルヨーダナの弟の一人であるヴィカルナは、思わず立ち上がって言いました。
「ああ、クシャトリヤの勇者たちよ。あなた方はなぜ黙っておられるのですか? 私はまだ青二才に過ぎませぬが、あなた方が黙っておられる以上、私が申し上げなければなりません。
 深く仕組まれた罠に乗せられ、ユディシュティラは賭け事に手を出してしまいました。しかしユディシュティラには、ドラウパディーを賭ける権利はないはずです。ドラウパディーは彼一人の妻ではないのですから。それにまた、ユディシュティラがドラウパディーを賭けたとき、すでに彼は自身の自由を失っていました。ですからなおさら、ユディシュティラにはドラウパディーを賭ける権利などはなかったはずなのです。」

 若きヴィカルナが勇気を振り絞ってこのように述べたことによって、そこに集った人々の迷いも晴らされました。嵐のような称賛が沸き起こり、人々は叫びました。
「人の道が守られた! 正法が守られた!」

 すると今度はカルナが立ち上がって言いました。
「ヴィカルナよ。まだ青二才のくせに、お前はわれわれに法を説こうというのか。
 お前は、己の無智と軽率さによって、お前の一族そのものを傷つけているのがわからぬのか。
 ユディシュティラは自分の持ち物すべてを賭けて負けたのだから、その中には当然、妻のドラウパディーも入っているのだ。彼らが身につけている着物すら、もはや彼らのものではないのだから。
 さあ、ドゥッシャーサナよ。パーンドゥ兄弟とドラウパディーの着物を取り上げなさい。」

 これを聞くとパーンドゥ兄弟は、毅然とした態度で上着を脱ぎ捨てて、差し出しました。

 ドゥッシャーサナはドラウパディーのところへ行くと、力づくで彼女の衣を取り上げようとしました。
 ドラウパディーは泣き叫んで、神に慈悲と助けを哀願しました。
「おお、宇宙の主よ! この恐るべき苦境の中に、私をお見捨てにならないでください。あなた様は私の最後の頼みの綱でございます。どうか私をお守りくださいませ。」

 こう叫ぶと、ドラウパディーは気絶してしまいました。しかしドゥッシャーサナは、かまわず彼女の衣を剥ぎ取ろうとしました。
 しかしそのとき、奇跡が起こりました。ドゥッシャーサナがドラウパディーの衣を剥ぎ取ると、その下にまた新しい衣が現われたのでした。何枚も何枚もドゥッシャーサナはドラウパディーの衣を剥ぎ取りましたが、そのたびに新しい衣が出現し、そこには、ドゥッシャーサナが剥ぎ取った衣の山ができてしまいました。
 ついにドゥッシャーサナは疲労困憊して座り込んでしまいました。観衆はこの驚くべき出来事を見て恐れをなし、善良な人々は神を称えて泣き出しました。

 怒りのあまりに唇をわなわな震わせていたビーマは、大声で叫びました。
「全バーラタ族の恥であるこの罪深きドゥッシャーサナの胸をかっさき、その心臓の血を飲まぬ限りは、俺は決して死なぬぞ!」

 そのとき突如として、狼の遠吠えが聞こえました。ロバや猛禽類も、この世のものとは思えぬような不気味な叫び声をあちこちであげました。

 これらの不吉な兆候を見て、この出来事が一族の破滅のもととなるかも知れぬと悟ったドリタラーシュトラは、ここにきて初めて賢明で勇気ある行動を取りました。
 彼はドラウパディーを自分のそばに呼び、優しく愛情のこもった言葉で彼女を慰めました。それからユディシュティラに向かってこう言いました。

「そなたは何一つ非難すべきところがないので、そなたを敵になどはできようもない。そなたの大きな度量に免じ、一つドゥルヨーダナの犯した罪を許し、水に流してやってはくれまいか。
 賭けは無効じゃ。そなたは失った王国と財産を再び取り戻し、何事も思いのままに行なって、繁栄しておくれ。さあ、皆でインドラプラスタへ帰りなさい。」

 こうして、ドリタラーシュトラ王の賢明な配慮によって、いきなり災難から逃れたパーンドゥ兄弟とドラウパディーは、あっけにとられつつも喜んで、賭博場を立ち去っていきました。

 しかしその後、クル一族の王宮では、怒号の混じった長い言い合いが続きました。ドゥルヨーダナは、あと一歩のところでパーンドゥ兄弟を壊滅させることができたのに、あなたのせいで駄目になってしまったと、父のドリタラーシュトラ王を責めました。息子に弱いドリタラーシュトラ王は、最後はついに、ユディシュティラをもう一度さいころ賭博に誘うという計画に同意させられました。

 こうして使者がユディシュティラのもとへと向かい、もう一度さいころ賭博で勝負するようにという伝言を伝えました。これを聞いて、ユディシュティラは言いました。
「良きことも悪しきことも皆宿命によって来るもので、避けることはできない。もしわれわれがもう一度勝負せねばならぬようになっているならば、やらねばなるまい。それだけのことだ。勝負を申し込まれたら、武士の名誉にかけて、断ることはできぬ。私は受けねばならぬ。」

 こうしてユディシュティラは再びハスティナープラへと引き返し、そこに集まっている人々の誰もが止めようとしたにもかかわらず、再びシャクニとさいころ賭博で対決しました。今度賭けられた条件は、次のようなものでした。

・負けたほうが、兄弟とともに12年間、森に追放される。
・13年目は、人に知られることなくお忍びで暮らす。
・もし誰かに見つかったなら、さらに12年間、亡命生活を送らねばならない。

 このような条件を賭けて勝負をした結果、ユディシュティラはまたも負けてしまい、パーンドゥ兄弟とドラウパディーは、森に追放されることになってしまったのでした。
 

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