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スワミ・トゥリヤーナンダの書簡集(20)

                             1912年10月26日
                             カンカルにて

 親愛なるシュリーダル[スワミ・ニルパマーナンダ]へ

 10月22日付けのあなたのポストカードを受け取りました。これからあなたの質問に答えようと思います。シャンカラはプラスノータラマーラ[質疑応答の花輪]の中でこう書いています。

 質問「グルとは誰ですか?」
 答え「それは弟子の利益になることを教える者のことです。」
 質問「弟子とは誰ですか?」
 答え「それはグルに献身する者のことであり、言い換えるならば、グルの教えに従い、彼に奉仕する者のことです。」

 “利益になる”という言葉は、霊性の智慧や究極のゴールを表わしていて、その反対はサンサーラ(輪廻)、または相対的な存在です。
 われわれを神へと導き、欲望の世界を消滅させる者がグルであり、そのような師に従い、奉仕する者が弟子なのです。グルと弟子の関係は霊性の父と息子の関係のようなものです。世俗における父親は息子を生み出しますが、グルは究極のゴールへの道を示すことによって彼を生と死のサイクルから救い出します。人は[家系を存続させる]子供を生み出すことによって、そして[この世を去った魂に平安と愛をもたらす]葬式を行なうことによって、親に借りを返すことができます。しかし、グルは人にマーヤーの大海を渡らせるので、グルにすべてを捧げたとしても、グルに対して借りを返すことはできないのです。

 感覚的な対象から心を解放し、神へと向かわせる言葉や御名は、マントラと呼ばれます。マントラを受け取る目的はこれなのです。もし人がマントラを繰り返すなら、人の心は感覚的な対象からのもつれがほどけ、神に定住します。それが人生のゴールなのです。もし人がこのゴールを成し遂げたなら、人間の身体を持ったことは意味があり祝福されたものとなります。そうでなければ、彼はジャッカルや犬のように、ただ食べ、眠り、子を産むだけです。彼はこの生と死の車輪を――あるときは人間として、またあるときは人間以下のものとして――無限に繰り返すのです。このマハーマーヤー[大いなる魔術]の車輪が、世界と呼ばれるものです。したがって、クリシュナは慈悲の思いから、ギーターの中でこうおっしゃっています。
「無常であり、悲苦に満ちたこの世では、ただ私を礼拝するがいい。」[ギーター 第九章、第三十三節] 
 そうしなければ、苦しみを避けることはできません。今日はここまでにしましょう。

                            あなたのやすらぎを願う者
                            トゥリヤーナンダ      

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