yoga school kailas

カル・リンポチェの生涯(7)

◎鹿の導き

 あるときカル・リンポチェは、一切食物を口にすることなく、隠遁生活を続けていた。彼は自分がどこに滞在しているのかを、彼の両親や他の誰にも告げなかった。わずか二、三人の者だけが、彼からの指示を受けるために面会していた。彼の母親は、ひどく心配していた。彼女は、彼らの土地や、せめて僧院で隠遁生活を送ってほしいと願っていた。しかし彼は誰にも行き先を告げず、食べ物も持たずに、無人の地に行くのだった! 彼は命を捨てるつもりだったのか? こうして彼の帰りを待つのは、あまりにも辛かった。彼の哀れな母親の心は休まらなかった。彼女は食物を背負って、彼を探しに出かけた。
 彼女は人々にカル・リンポチェが瞑想していた場所を尋ねながら、居場所の手がかりを得た。もはや山道は見当たらず、どこに向かっているのかも分からないまま、彼女は長い時間、山中を歩いた。彼女は途方に暮れた。彼女になにができるというのか? この未知の斜面を登り続けるべきなのか、はたまた谷へ下りていくべきなのか? 息子を探し出せる可能性はあるのだろうか? 彼女は泣き出した。

 すると、遥か高くにある岩の下部に、今まで見たことのないような小さな動物が現われた。それは鹿のようだったが、犬とほぼ変わらぬ大きさだった。彼女はその動物がどのようにして突然現われたのか理解できず、驚いた。だが始めのうちは、気に留めていなかった。そして、ここにいても息子を探し出せる見込みはなかったので、もう帰った方がいいと判断した。
 すると、その動物はすばやく立ち去った。奇妙に思った彼女は、思い直して、その動物のあとを追うことにした。しかし動物の姿を見失ってしまい、雪に残った足跡をたどった。その動物は彼女を山の高台へと導いた。そこで彼女は、立ち昇る煙を目にしたのだった。その瞬間、その動物と足跡は、完全に消えてしまった。彼女はその煙を見たとき、息子の所在がわかったのだと確信し、大いなる喜びを感じた。

 カル・リンポチェが洞窟の入り口に現われるまで、彼女は力一杯、何度も彼の名前を呼んだ。そしてカル・リンポチェが現われると、彼女は彼のもとに駆け寄った。息子を見つけた彼女の喜びには、悲しみも入り交じっていた。彼女は彼が何も食べず、お茶さえも口にしていなかったということを目の当たりにしたのだ。カル・リンポチェはその土地にある大きな葉の植物の赤い絞り汁を飲むほかには、何も食事を取っていないようだった。

 母親はそのことに心を痛め、彼を抱きしめると、再び泣き始めた。そして母親は、このままここにいたら確実に死んでしまうから、このような不毛な地には留まらないようにと彼に懇願した。しかしカル・リンポチェは瞑想の没入状態にあったので、母親の話は聞かずに、「自分は死なない」ということを保証した。彼女が心配しても無駄であった。

「ほんの二、三日の間だけでも、わたしと一緒に家に帰っておくれ。」

 母親はこのように要求した。

「食べ物や、あなたが必要とするすべてのものを与え、馬に荷を積みましょう。そのあと、あなたが望むなら、隠遁所に戻ることもできましょう。でも、何も持たずにここにいてはいけません!」

「わたしが家に帰る必要はありません。」

と、隠遁者(カル・リンポチェ)は言った。

「わたしはあなたが持ってきてくれた食べ物でさえも必要としていないのです。持って帰ってくださって構いません。」

「いいえ、どうかせめてこの食べ物は、ここに置いておいてください。」

「分かりました。ではこれは置いておきましょう。しかし、それはわたしのためだけにではありません。」

と、カル・リンポチェは陽気に答えた。

「ここには、わたしの小さな仲間がたくさんいます。アリです。アリたちと分かち合いましょう。村に戻ったら、誰にもこのことは話さないでください。もしこのことをあなたが漏らしてしまったら、この隠遁生活の障害となるでしょう。人々はわたしに食べ物を持ってきたがって、それが騒動を引き起こすことになるでしょう。父には話してもよいですが、その他の人には話してはいけませんよ。」

 彼女は家に帰ってから、自分が目の当たりにしたことを夫に話した。しかし、彼は特に驚きもしなかった。

「わたしの息子は、苦行のステージにいる。苦行のために時間を費やすことは素晴らしいことである。われわれは彼の行ないを妨げてはならない。」

 この父親の答えに対し、母親は全く納得できず、怒りを込めて大声を発した。

「美しい言葉を語ることはよいことです。しかしその一方で、あなたはわたしたちの息子を死に追いやろうとしているではないですか! 彼のところに食物を届けにいった方がよいではないですか!」

 もし彼女が息子を心配しているのならば、彼女が息子のために最善を尽くすことで、多くの功徳を積むことができるだろう、と父親は返答した。

share

  • Twitterにシェアする
  • Facebookにシェアする
  • Lineにシェアする