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カルマパ九世ワンチュク・ドルジェの歌

 わたしが二十七歳の年、ツルプの偉大な瞑想の地でリトリートにとどまっていたときに、何人かのわたしの法友の兄弟姉妹が「歌を歌ってください」と言ってきた。
 カギュの先達方が訪れ、最上なる修行の悟りを生み出したという祝福されたこの場所で、わたしは自信に満ちて、「もしわたしがここで修行すれば、経験と悟りは確実に生じるだろう」と考えた。
 わたしは、尊きカギュの先達方の先例に思い焦がれていたことを思い出し、ダルマの修行者のふりをしているだけの、わたしのような最近の人々の行動が悲しくなった。
 そしてわたしはこう祈った。
「たとえわたしが今、カギュの先達方と同等な幸運がないが故に、真にカギュの先達方の先例に倣うことができなかったとしても、未来際において、彼らに倣うことができますように。」
 そのとき、グルの良い性質とこの場所を思い出し、わたしは、わたしと他者に善を促すために、切なる思いの祈りの歌を唱えた。

 栄光なるローケーシュヴァラ、カルマパよ、
 主よ、あなたのヴァジュラの身口意は、
 秘密の無尽蔵の曼荼羅の宝物を持っています。
 わたしは、ダルマの主であるこの優しき父の御足に敬意を表します。

 宝の岩が聳え立つ緑の山の
 吉兆が自然に生じる愛しき場所に、
 膨大なる平和と憤怒のイダムが住している。
 これは、指摘の修行をする良い場所だ。

 その南には、山の壮大な樹木の茂った傾斜地に、
 さまざまなお香のような芳香の樹木がある。
 そこに、至高なる母(バガヴァティー)であられるターラーが、自ら住んでおられる。
 彼女は容易に、最上と普通のシッディをお授けくださる。

 西には、白い雪山の水晶のストゥーパの前に、
 五族の勝者たちの曼荼羅がある。
 障害なく、これを見るだけで、
 カルマと煩悩から生じる無明は消し去られる。
 
 北には、紅玉の岩の傾斜地に、
 力強き王、栄光なるハヤグリーヴァが、
 ダーカの大海に囲まれながら、
 輪廻とニルヴァーナを全体にわたって眼下に見下ろしている。

 東には、ジョウォ・サキャから、二人のラサの兄弟が化身し、
 宝の岩の堅い巨礫の上に、
 サキャの栄光なる王の姿がありのままに現れた。
 これは、純粋な教えを長い間とどまらせた。

 中央には、三世のブッダであられる
 主トゥースム・キェンパ方が住む
 至高なるアカニシタの金剛座(ヴァジュラーサナ)がある。
 このツルプの渓谷の中にある驚くべき僧院は、
 一切のジャンブ州の中で無双である。
 それを見る、あるいはそれに巡礼する一切の者たち、
 あるいは、たった一回だけそれを思いだした一切の者たちは、
 確実に、全カルパの悪業と無明を消し去る。

 困惑し、取り乱し、わたしの心は波立っている。
 カギュの父たちが住処にした場所である
 氷河の女、ツルプなどで、
 わたしは、指摘の修行をすることを切望する。
 これを切望するとはいえ、わたしの対抗手段は弱く、
 わたしは今生への執着を断つことができない。
 わたしは、名目だけ、他者の一時的な利益をでっち上げてきた。
 夜も昼も、わたしは虫のように跳ね回る。
 わたしは今、自分自身のことについて考え、意気消沈する。
 ダルマを修習しようとしている間に、わたしの命は消えていく。

 さらに、わたしの行為は偽善的である。
 わたしの父であるグルはこれを知っている。それはわたしに害を及ぼすと知っている。
 今、カルマパの信奉者になりたいと欲する者たちは、
 死と無常の即時性により、奮起した。
 彼らは、この人生の一切の出来事を拒絶すべきであり、
 ダルマの修習を顕現させるべきだ。
 そうするならば、彼らが人生の永続的な目的に到達することは確実だ。

 一般に、考え過ぎはあなたの心をかき回すだろう。
 この疑いの心によって、人はどこにも行けない。
 施物に頼りなさい。
 ごみの山で拾った衣服、托鉢の椀、そしてわずかな必需品を調達しなさい。
 悪業を犯すことなく食物を調達しなさい。
 禁欲修行のラサーヤナに頼りなさい。
 このような一時的な修行でさえ、大いなる利益になるだろう。

 あなたの主な関心事として、菩提心の修行をし続けなさい。
 利己的な目的は、聖なる者たちに軽蔑されている。
 われわれの母である六つの領域の衆生への慈悲と共に、
 空性と慈悲の深遠なる道を瞑想しなさい。

 口頭の教えの一つのシュローカから、
 八万四千のダルマの教えの集まりまで、
 もしあなたが、これらを自分に取り入れないのならば、
 たとえあなたが雄弁であっても、それは単なる鸚鵡の復唱に過ぎない。

 主グルに与えられた口頭の教えに関しては、
 まず最初に、あなたがそれらを聞いたときには、あなたは疑念を絶つべきだ。
 第二に、あなたがそれらを熟考するときには、あなたはそれらを整理すべきだ。
 最後に、あなたは的を絞って瞑想をすべきだ。

 心の概念と煩悩が完全に静まったとき、
 心は堅固になり、動揺しなくなる。
 一切のダルマの非自我性は、至高なるプラジュニャーである。
 シャマタとヴィパシャナーの結合であるこの本性の境地を瞑想せよ。

 如意宝珠であられる父なるグルに対して、
 あなたは昼夜、熱烈に懇願すべきだ。
 二元性の固定というこの迷妄の現れは、
 かすみがかっていて、実体がないのであるから、完全に解放されなさい!

 過去と未来から解放された心に、
 偽りの継ぎを当てても無益だ。
 生じるものすべての正観の本質の中で、
 ありのままに、絶えず、安らかに休息するのだ。
 
 人の心は根本的にブッダである。
 だから、あなたの指をその上に置きなさい。
 おお、ロッポンよ、これは栄光なるタクポの口頭の教えという至高の真髄、
 真の伝達である。

 これらの言葉の中のあらゆる善によって、
 祈りを捧げたわたしの最高位の弟子であるあなたによって率いられた
 一切のわたしの弟子と信奉者が、
 速やかに、栄光なるヴァジュラダラの境地に到達しますように。

 このように、カルマ・チョレ等に懇願され、わたしはツルプのリトリートの場所にある、サムテン・イドン・リンギ・ワンチュクという洞窟の中で、これを書き下ろした。
 吉兆な赤々と燃え上がる光輝が、ジャンブ州を装飾しますように。

 ナモー グラヴェー

 三宝という善の完全無欠な善徳は、
 ダルマという優しい主から分けられない。
 わたしは、栄光なるグルの御足に祈りを捧げる。
 常にあなたの祝福をお与えください。

 あてどなく国々を彷徨う怠惰なわたしは、
 少しでもわたしの心を利するために、
 無意味なことをペチャクチャとしゃべり、
 これがわたしと他者に善を促す交響曲であるようにと願っていた。

 この人間の身体を、再び得るのは難しい。
 この人生は、非永続的で、終わりは急激にやってくる。
 人の来生は、今生のカルマにかかっている。
 もしわたしが解脱することなく輪廻で彷徨うならば、わたしは何ができようか?

 今生での利得と尊敬は、空の稲妻の閃光のようだ。
 わたしが集積する一切の善は、次の生のための蓄えだ。
 ほんのわずかな不善をも犯さず、
 永遠なる目的を悟るべきときが今やって来た。

 たとえわたしが、繁栄、権力、所有、そして名声を集めたとしても、
 わたしが死ぬとき、それらの一切はわたしから去り逝く。
 今生の未来のための準備をしてはならない。
 小欲、充実感、孤独を頼りとすることが良いことなのだ。

 できる限り敵を痛めつけること、
 血縁者や富への大いなる執着、
 法外な値段で売買すること、高利貸しを営むこと、
 そして動物を隷属させること――これら一切を放棄すべきだ。

 非常に多くの経典を学ぶ技能を誇示すること、
 山に一人で住む偉大なる瞑想家であると誇示すること、
 わずかな苦行による飢えを誇示すること――
 これらは八つの世俗的ダルマであり、放棄されるべきだ。

 自分が食べるために殺された動物の肉、
 心身を困惑させ、人を無力にする酒、
 誓いを略奪する可愛いらしい若い女、
 毒のようなこれらを放棄するのが望ましい。そうではないか?

 何もわからないのに、偽って高度な智慧を主張すること、
 未だ成熟していない死に対して、無駄な保護を行うこと、
 魔法、黒魔術を行うこと、
 軍隊に対して意のままに操るマントラを唱えること、
 これらはダルマの侵害ではないのか?

 最近では、自らの流派が善いダルマの修行であることを自慢することによって、
 彼らは、自らの過失を知ることが困難になっている。
 だから、カギュの先達方の生き方を見よ。
 そして、それに沿って修行しなさい。

 あなたの頭頂の上に実際に存在しておられるように、栄光なるグルを観想しなさい。
 彼の慈愛を熟考し、何度も何度も彼に懇願しなさい。
 もしあなたがあなたの信仰心を完成させ、あなたの心を彼の心と混ぜ合わせるならば、
 それだけで、あなたはあなたの目的を成就するだろう。

 わたしの無味乾燥な理解はこのようにして生じた。
 我が主グルと、法友の兄弟姉妹の耳に、
 わたしは、このわたしの心の中に生じたすべての歌を捧げ奉る。
 われわれのダルマの友情を喜ぼう!

 何人もの歌い手に応えて、わたしは、修行時間の合間に、栄光なるツルプで、これを書き下ろした。
 
 

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