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カトク・ケンポ・ンガワン・パルサンの生涯(5)

 それからニョシュル・ルントクは、彼の最も珍しいアビシェーカの一つであるイェシェー・ラメ・ツァルワン、つまり生来的な覚醒の力に関するアビシェーカ(心の本性への導入)を与えました。それはチューイン・リンポチェ・ゾを含むゾクチェンの最も深い指導に関する教えの前に与えられるものでした。

 それから彼の師はケンポに、今はゾクチェン僧院へ行き、学術的な経典を学ぶべきだと言いました。彼はミパム・ナムギャルもその僧院へ教えにやって来ると聞いていました。ケンポは師と離れたくなかったのですが、師の言葉に従いました。13個の赤砂糖のケーキと長いスカーフの贈り物を手にしながら、師は弟子に祈りを口にして別れの言葉を告げ、こう言いました。

「私はあなたを励まし、アビシェーカを与え、13番目のステージの保持者、つまりヴァジュラダラとして悟らせるだろう。」

 ケンポは重い心を抱きながら、祈り、そしてついに師のもとを発ちました。

 22歳の秋に、ケンポはゾクチェン僧院に到着しました。彼はミニャク・ラマ・リクジンや他の者たちから、シャーンタラクシタ著のマディヤマカーランカーラ、サキャ・パンディタ著のツェマ・リクテル、ミパム著のドン・ナムゲ、カギェ・ナムシェ、そしてグヒャガルバに関する書物オーサル・ニンポを学びました。

 彼はケンポ・ロサルから、ダルマシュリー著のドムティク・パクサム・ニェ、ロントンの注釈したマハーヤーナ・スートラーランカーラ、マディヤーンタ・ヴィバンガ、そしてダルマダルマター・ヴィバンガ、ドルポの注釈したウッタラタントラ、ロンチェン・ラブジェム、ロンソン、そしてユントンの注釈したグヒャガルバ、ロンソン著のテクチェン・ツルジュクとンガワ・ラドゥプ、ドドゥプチェン、テンタル・ララムパの注釈したヨンテン・ゾ、セムニ・ンガソとギュマ・ンガルソを学びました。

 ケンポ・ソナム・チョペルからは、ジェ・ツォンカパとパトゥルによって注釈されたアビサマヤーランカーラ、ングルチュ・トンメとクンサン・ソナムによって注釈された入菩提行論、ミパム著のノルブ・ケタカ、プラジュニャーナーマ・ムーラ・マディヤマカ、チャトゥシャタカ・シャーストラ、ドゥルティク・リンチェン・テンワ、ドゥルワ・ツォティク、ロンチェン・ニンティク・ツァルン、サンダク・ゴッギェン、その他を学びました。

 ムラ・トゥルク・ペマ・デチェンから、イェシェー・ラマと他の経典に関する多くのアビシェーカと教えを受け取りました。ケンポ・コンチョク・ノルブから、入菩提行論に関するパトゥル独自の指導を受け取りました。

 アパルから、ギャルポ・セ、チンチェン、そしてチムチュンによる自伝と注釈のついたアビダルマコーシャを学びました。ケンポはアパルの複雑なスタイルの教えを理解するのに苦労しました。彼はシュリーシンハの中にある岩のところに行きました。そこはかつてパトゥルがアビダルマコーシャを教えた場所であり、そこならヴァスバンドゥが経典の中で思い描いたことを理解できるかもしれないという強い思いを抱きました。彼は眠りに落ちると、夢の中でヴァスバンドゥによって祝福され、そして自分がかつてヴァスバンドゥの主要な弟子スティラマティであったことを思い出しました。その後、彼はその教えを理解することができました。

 そして、ミパム・ナムギャルがその著作ケパラ・ジュクパを書くためにゾクチェン僧院のナクチュン隠遁所に到着し、そこに滞在しました。ある日、ケンポは彼に会いに行くと、まさにその日にミパムはケパラ・ジュクパを完成させていました。ミパムはその経典をケンポに委託し、彼にそれを教えるよう促しました。また、ケンポはジャムパル・ギュルクのアビシェーカも受け取りました。

 彼はゾクチェン・リンポチェ5世からコンチョク・チドゥのアビシェーカを、それからゾクチェン僧院のドゥクパ・クチェンからゴンパ・ドゥパとカンドゥ・ニンティクのアビシェーカも受け取りました。

 24歳(1902年)の秋、彼は自分の師の隠遁所に戻ってきましたが、師が前年の5月25日に亡くなったことを知り、ショックを受けました。
 彼はロンチェン・ニンティクのヴァジュラキーラ・ドゥプング・シノンに関する3ヶ月の隠遁修行を行ないました。彼はまたごちそうの供養も行ない、人々に教えを与えました。それからカディン隠遁所へ行き、平和と憤怒のマーヤージャーラ・サーダナと、ジャムペル・ギュルクに関する隠遁修行を行ないました。彼はトゥーゲルを瞑想し、空間に満ちあふれるブッダの光と姿を、そして、その後、ヴァジュラの鎖の形をした生来的な覚醒の力を見、最も微細な智慧が内的な究極の領域へ溶解していきました。それによって彼は、原初的な智慧の究極的な本性、つまり生来的な覚醒と空性のありのままの結合にたどり着きました。一切の経験の殻が消滅しました。一切の主観と客観による認識が砕け散りました。彼は半日の間ずっと思考から自由になった輝ける透明性の中にとどまりました。彼が現われは人が思っているような実在ではないということを悟ったサインとして、彼のベルが石の上に落ち、通常なら壊れる代わりに石の上にベルの跡がつき、ベルの上にも石の跡がつきました。

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