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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第八回(2)

◎悪魔は詐欺師

【本文】

 また、サーガラマティパリプリッチャー(サーガラマティ所問経)には、こう説かれている。

「菩薩が容姿端麗で、あふれんばかりの財を持った大金持ちとなる。そのようなところにも魔事は働く。
 また、菩薩が自分の外見や財産や血脈や家族や従者がすべて満たされることを求めるならば、そこにも魔事は働く。
 智慧を充実するために努力しても、世間に対しても欲望がある。そのようなところにも魔事は働く。
 崇高なパーラミターという目標を見失い、容姿や財産や従者などの世俗的な価値にプライドを抱くならば、そこにも魔事は働く。
 またある菩薩は、ある他の菩薩が出家し、智慧を身につけ、感謝し、耐え忍び、さらに精進し、痩せ衰え、身体が弱弱しくなり、暑さや寒さのために肉体は恐ろしくしなび、静脈は体のいたるところにハッキリと浮き出ていることを知っている。彼はまた、頭に火がついた男のように日夜猛烈に真理を求めて修行し、善を求めて精進し、その結果、身体は痩せ衰え、弱弱しくなり、醜い顔色となって修行に励む菩薩も知っている。彼らのような菩薩は不名誉であると思い、また彼らの話は役に立たないと考えて耳を傾けず、彼らの説く法は全くつまらないもので、全く劣ったものであると考える。このように考えることは、菩薩が現世の喜びを追い求め、修行を無視するようになる魔の釣り針である。」

 はい。まず、「菩薩が容姿端麗で、あふれんばかりの財を持った大金持ちとなる。そのようなところにも魔事は働く。」
 まあ、いつも言ってるように、例えばですね、すべては徳です。すべては徳っていうのは、もしここに容姿端麗――つまり、まあ時代とか国に応じて価値観が違うわけだけど、少なくともその時代、国において、非常に美しい顔に生まれると。あるいは非常に美しいスタイルに生まれると。あるいはまあ、雰囲気とかがすごくもてるっていうかな、人々からうらやましがられるような美しいかたちで生まれると。それはもちろん徳なんです。徳ね。だから例えば芸能人とかモデルとかで、そういう美しい人っていうのは、もちろん徳があるんだね。まあただ徳がそこに集中してるとも言っていいわけだけど。真理を悟るような徳はないわけだけど。自分の美しさっていうところに徳が集中すると。あるいは財ね。お金持ち。これももちろん徳です。
 まあ、だからその、芸能人とかで非常に美しくてお金をいっぱい持ってると。これはもちろん相当徳があるんだね。あるいはその、政治家とか、あるいはまあ悪徳企業の社長とかもそうだけども、悪徳企業であれ、大金持ちの人は当然徳があるんです。うん。でもその徳を悪い方に使っちゃってるだけであってね。徳はあるんですね。で、もちろん修行者とか菩薩も徳はあるから――で、その徳によって例えば美しく生まれたり、あるいは、まああんまり美しくなくても非常にもてるようになったり、あるいはお金持ちになったり、あるいはいろんな物質的、あるいは精神的な望みが叶ったりするようになるわけですね。
 はい。で、これが同時に魔事でもあるんです。これはまあ何度も言ってるけど、例えばいい例としては、前も布施の話で言ったけども――まあもう一回繰り返すと、例えばあるここに男がいて、この男が貧しいながらも、ね、如来や、神や、聖者にお布施をしたとするよ。で、そのお布施の徳によって、前は貧乏だったんだけど次の生お金持ちになる。で、このお金持ちになるっていう意味っていうのは、もちろんその徳によってお金持ちになったわけだけど、言い方を変えると、如来や神の慈悲によって、「あ、こいつは素晴らしい布施の心がある」と。「しかしお金がない」と。「よって、もっともっと布施をできるように」――まあつまりさ、その貧しい人っていうのは懇願するわけです。「わたしは本当にわずかな物質しか持っていない」と。「だからこれだけでもどうか受け取ってください」と。「わたしは何もありませんが、すべてを捧げます」と。「もしわたしに多くの財産があったならば、この国中すべてでも捧げるでしょう」と。このような素晴らしい供養の発願をした男に対し、神や仏陀は、「おお、そうか」と言って、その人を次の生、大金持ちにしてくれるかもしれない。しかしそうなると――まあ記憶はないからね。記憶はないけど、潜在意識では、「わたしは偉大なる布施をするために大金持ちに生まれた」ってなんとなく気付いてるんだけど、でも今生の価値観に巻き込まれ、執着するようになる。つまり布施のために与えられた財産に執着するようになり、そして布施をせず、逆に貪り、そして自分の非常に良いカルマを腐らしていくわけですね。で、これが魔事なんです。
 だから非常に、この間の勉強会でも言ったけども、まあ例えば物質的な誘惑、あるいはこの世の価値観の誘惑っていうのは非常に怖いんだね。この間も言ったように、われわれは非常に物質的な、あるいは快楽的な時代に生きているので、昔の修行者のように山に籠って何も持たず、無一物で生きるっていうことはできないわけだから――これはまあ別にあってもいいわけですね。あっても別に執着しなければいい。しかしこの「あっても執着しなければいい」っていうのが非常に難しいんだね。うん。やっぱりわれわれの心っていうのは、最初はいいかもしれない。最初はいいかもしれないっていうのは、最初はすごく修行とか聖なる教えに燃えてて、で、その燃えてる心になんかいろんなものがあっても、「なんかこんなものはどうでもいいものですよね?」っていう気持ちになるんだけども、だんだん日々暮らしてると、ちょっとずつ奪われていくんだね、心がね。うん。で、いつの間にかもうそれなしではいられなくなるっていうかな。
 前もちょっと話したけど、ヒンドゥー教の面白い逸話があってね。ちょっと細かいところは忘れちゃったけど、大まかに言うと、ある無一物の修行者がいて、つまりサードゥがいて、彼は本当に何も頓着なく、ただ一枚のふんどしだけを持ってたんだね。ふんどしだけを持って暮らしていたと。で、修行していたと。でもあるときふと思った。「ふんどし一枚じゃ替えがないな」と(笑)。「まああと一枚ぐらいあっても別にそんな執着が増すわけじゃないからいいだろう」と思って、もう一枚ふんどしを用意したわけですね。で、そしてしばらくしたら、そのふんどしがねずみに食われた。で、そこで「これはまずい」と思ったその修行者は、ねずみ対策として猫を飼いだした。で、猫を飼ってたんだけど、猫の餌がいるから、猫にミルクをあげなきゃいけないから、そのうち――このへんがおとぎ話みたいなんだけど、牛を手に入れた(笑)。

(一同笑)

 牛を手に入れて、牛の牛乳を猫に与えてたわけだけども。で、そのうち、ちょっと牛の世話が大変なんで牛の世話をする人を雇うようになった。で、そのうち牛がだんだん増えてっちゃって。子供を産んで。で、しょうがないんで牧場を買った。で、いつの間にか牧場主になってしまった(笑)。

(一同笑)

 つまり、無一物のサドゥーがいつの間にか大きな牧場の主になっちゃったと。「あれ? どっから間違ったのかな?」ってなるわけだけど(笑)。
 つまり最初は一枚のふんどしだったわけですね。まあ皆さんもこの時点では別に、「まあ別にいいか」って思うでしょ? うん。だってふんどし一枚だけだから。だからもう一枚ぐらいあっても当然いいよね。だって洗って干してるときもあるわけだから。で、それでもちろん良かったわけです。別にそれは悪いことではない。悪いことではないんだが、これがだから恐ろしさなんですね。でもそこに心がとらわれて、「あれ、でもこれこうなったらどうしよう?」――例えば一回ねずみにやられた。それはいいじゃないですか。つまりそこで、「次もやられるんじゃないかな?」って考えること、で、そこで「猫が必要だな」って考えること、ここからもう魔事なんです。ね。このようにしてちょっとずつ引きずり込まれていくんだね。
 いきなり牧場とは当然いかないでしょ? いきなりなんにもなく、修行してるふんどし一枚の修行者がね、「牧場欲しいな」とかね(笑)

(一同笑)

 ――さすがにそこまではいかない。そんな、なんかいきなりそこまでの欲望は出ないわけだけど。もちろん念正智もしてるから。仮にね、こうイメージとして、「ああ、お金持ちの牧場主もいいな」って思い込んだとしても、「いや、そんなの駄目だ」ってできるはずなんだね。でもそうじゃない、本当にその人のカルマに応じた弱いところから、あるいはつまずくだろうなっていうところから、悪魔は徐々に徐々にこうやってくるんだね。だからまさに詐欺師なんです、悪魔って。
 ただ、いつも言うけどね、この悪魔と結託するやつがいます。それが自分のエゴなんです。これは『入菩提行論』とかでも言ってるように、このエゴっていうのは完全に自分の心の敵なんだね。うん。このエゴによって、われわれは何万回も地獄に落とされてきたと。ね。このエゴが魔と結託するんです。
 だから、良くない側近みたいなやつなんだね。つまり会社社長が、なんか敵企業から乗っ取られようとしていた。で、社長は頑張って闘ってるんだけど、側近が実はつながっていてね、いろいろ情報を流したりとか、なんとかこの会社を駄目にすることを裏工作でやったりしてる。これがわれわれのエゴなんだね。だからこのエゴも詐欺師だから、エゴと悪魔が結託して、非常に巧妙なかたちでわれわれの心をだんだん駄目にしていくんですね。
 だからわれわれは、もう一回繰り返すけども、念正智、あるいはいろんな工夫をして自分の心を常に引き戻す。ね。常に真ん中に、あるいは神の世界に、あるいは自分の最も理想のところに引き戻す訓練をし続けなきゃいけない。これがまあ、ここの主旨ですね。

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