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「功徳と対治」

◎功徳と対治

 はい、で、続いて「功徳」。これはもう分かるよね。つまり、われわれが何かを成し遂げるには、エネルギーが必要だと。で、やっぱりそれは「功徳」なんだね。

 つまり、理想だけあって功徳がなかったら、何も達成されません。よって、実際にわれわれは徳をたくさん積まなきゃいけない。これはもうあたりまえのことだね。

 はい、そして「習熟」――まあその前にその次の「対治」からいきますが、対治っていうのは、これは「対抗治療」ってことですが――つまりこれは功徳を積むっていうことと、またその逆のことですね。

 つまり、功徳っていうのは善いカルマ。善いカルマをたくさん積みましょうというのが功徳ですが。それはよくいわれる、仏教でいうと三つの布施ね。財施、それから人に安らぎを与える布施、それから人に法を説く法施ね。あるいはそれ以外のいろんな周りを幸せにするようなこととか、あるいは高い世界に対する供養とか、いろんな形で徳を日々積むと。

 そして逆に、自分の中にすでにある悪業ね。あるいは悪い思いとか、悪い煩悩とか。それに対しては日々対抗治療っていうのをしなきゃいけない。

 つまりさっき言った「決意」はもうスタートです。もうすべてのスタートに「決意」があります。でも、決意だけでも駄目だよね。例えばさっきのわたしみたいに「寝ないぞ」っていってそれで睡眠が減ったら、それはもうそれでオッケー(笑)。それで終わるなら別に他に何の必要もないんだけど、でも「寝ないぞ」っていっても減らない場合がある。あるいは「食べないぞ」っていっても食べちゃう場合がある。あるいは「怒らないぞ」っていっても怒っちゃう場合がある。その場合は、決意は決意として継続しつつ、具体的なその対抗治療に入るわけです。

 まあ単純にいったら、怒っちゃう場合は、日々慈悲の瞑想をする。慈悲について考えるとかね。あるいは食べ過ぎちゃう場合は、その食べることのデメリットの教えをいっぱい学ぶ。食べ過ぎることのね。もしくは、このお腹のチャクラにエネルギーが集まってるっていうことだから、日々ムドラーとかしてしっかり気を上げるとかね。

 まあ食欲は、修行の途中段階でたくさん出るっていうのは、これは別に悪いことではありません。つまり生命力が強まってるから。でもそこであまりにもエネルギーを浪費してるともったいないので、それをグーッと上げる修行をするとかね。いろんなそれぞれの対抗策がある。

 で、ここでね、よく仏教では「適用の過ち」と「不適用の過ち」ってあるんだね。「不適用の過ち」っていうのはつまり、今言った対抗策を適用しないこと。これを「不適用の過ち」っていうんです。つまり例えば、怒りがあるんだったら、慈愛の修行をしなきゃいけない。でも、怒りがあるのに慈愛の修行をしない。これは「不適用の過ち」っていうんだね。

 で、逆に「適用の過ち」っていうのがあって、これはなにかっていうと、関係ないことに適用してしまう。「それ別に今いらないよ」ってやつね。別に教えの中にいらないものっていうのはないんだけど、ただ、今はこっちの修行やっているのに、全然いらないものを挿入してしまうと、ちょっと効率が悪くなる場合がある。だから、それは今いらないよと。こっちへ集中しなさいと。でも、これがいる場合もあるんです。今、わたしはここがウィークポイントだと。よってこれを適用しようっていう場合もあるわけだね。だから自分のその状況に応じて対抗治療ね。これを日々行なっていくと。これがこの対治ってやつだね。

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