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「五つの力」

◎五つの力

【本文】
4 五つの力

 決意・功徳・習熟・対治・祈りと回向という、五つの力において訓練してください。
 五つの力は、意識の昇華に関する大乗の教誨です。
 これらの実践の道を育んでください。

 これはあらゆる修行に共通する項目といってもいいね。決意、功徳、習熟、対治、祈りと回向と。

 はい、まず第一にやっぱり大事なのは決意だと。これもいつもいうように、まあ最近の精神世界、もしくは仏教が好きだといっている人たちの中には、かなり軟弱な思想がはびこってる(笑)。つまり、「あまり肩ひじを張らなくていいんだ」と。あるいは、「悟りたいとさえ、その欲求も持たなくていいんだ」と。「いや、持ったら駄目なんだ」ぐらいのね(笑)、そういう間違った達観的な考えが広まっているんだね。

 根性論じゃないんだけど、でもかなり根性論的なところがある、実際は。仏教、お釈迦様の教えとか、あるいは本来の仏教とかヨーガっていうのはね。

 つまり、もう一番最初に大事なのは、誰が何を言おうと「決意」なんです。「悟りさえ興味ない」なんてそんなの絶対駄目なんです。「絶対悟るぞ」と。「何が何でも悟る」と。このような断固たる決意が必要なんだね。もしくは、もちろん「菩薩になるぞ」でもいい。あるいは、「縁のある人を救済するぞ」でもいい。もちろんそれは悟りに繋がるわけだけど。そのためには悟らなければいけないんだと。あるいは、自分の悪いいろんな要素を絶対今生で作り変えるぞと。そのような強い決意が必要なんだね。

 ――っていうのは、すべてはやっぱり心によって決定される。そしてわれわれは、さっきも言ったように、もうすでに悪しきカルマをたくさん作ってしまってる。これを「ありのまま」とか(笑)、「自然のままに」とか(笑)、そんな感じでやってたら、どんどんどんどん悪い方向に行くだけです。
 
 だから何度でもいうけども、かなり修行ってね、不自然なんです。不自然なことをやろうとしてるんだね。つまり自然の流れでいうとぐーっと来てしまうものを、真理というダルマという一つの武器によって、ガッと全力で流れを変えようとしてるんです。だから、それは相当の決意が必要です。

 で、もちろんスタートにおいても決意が必要なわけだけど、どんどん修行が進んでくると、当然われわれの本格的な自分とカルマとの戦いとか、そういうのが始まる。そういうときに、われわれのやっぱり決意っていうのが生きてくるんだね。最初にチャランポランにやってると、そういう苦悩とぶつかったときにやっぱりすぐに駄目になってしまう。

 だから、なんでもそうでしょ。何かことをなし始めるときに、どれだけそれをやる決意が強いかどうかによって、何かにぶつかったときの強さとか弱さが決まってくる。だから、まず最初は決意をするんだね。
 
 もちろん決意は最初にもするけど、常にし続けるんです。「わたしは必ず修行をするぞ」と。「わたしは必ずこの修行を達成するんだ」と。

 今生において必ず――それぞれみなさん細かい部分はいろいろ違うかもしれない。例えば、「わたしは悟りたいんだ」と。「わたしは菩薩になりたい」と。「いや、わたしはそこまでいかなくても、とにかく今のわたしの苦しみを滅したいんだ」とかね、いろいろあるだろうけど、それに対してとにかく決意を行なう。強い決意をする。これはもう絶対に大事なんですね。

 大まかな、今言ったような「菩薩になるぞ」とか「仏陀になるぞ」っていう決意もいいし、あと日々の細かい決意もいいよね。いろいろみなさんに細かい問題点とか日々出てくるだろうから。例えば「絶対わたしは睡眠時間を減らすぞ」とかね(笑)。「わたしは蓮華座を絶対一時間組めるようにするぞ」とかね。あるいは「絶対人を憎む心を出さないぞ」とかね。いろいろあるよね。それもやっぱり決意が大事です。

 前もちょっと言ったけど、わたし昔すごく睡眠時間が――まあそういう時期ってあるんだけど、長くなっちゃって困ってたときがあって――まあ長くっていっても八時間とか九時間とかね。まあ普通の人とかだったら普通なのかもしれないけど、それまで五時間とかで大丈夫だったのが、いきなりなんか――多分いろんなエネルギー的な問題もあったんだろうけど、八時間とか寝るようになっちゃって。で、しばらくずっとそれから抜けられなかった。で、あるときね、もう心は完全に睡眠、「寝たい」っていうのに支配されてるんだけど、寝る前にちょっとだけ決意してみたんです。寝る前に、10分か20分とかその程度、「絶対短い睡眠にするぞ!」と。「いや、短い睡眠にした方が、わたしにはメリットが大きいんだ」と。「絶対長時間寝ないぞ!」と。こういうことを繰り返し繰り返し寝る前に言って、その次の日から短眠になりました(笑)。これはわたしが単純だったのかもしれないけど(笑)。

 つまり、心なんてそんなもんなんだね。心がバシッとその方向性を確定すれば、その後の心の働きっていうのは、それについて行くんだね。

 もちろん、それまでの悪しき習性は長いから、いきなりは変わらない部分もある。でも、それは諦めちゃいけません。それは見えないだけで、絶対方向性は変わってます。

 でもわれわれはね、堪え性がないから、本当は内部では変わってるのに、例えば今日駄目だった、明日も駄目だった、三日でも駄目だった――「ああ、駄目か」ってなると(笑)、せっかくもうちょっとだったのに、わーって元に戻ってしまう場合がある。だから、まず決意。で、それを持続させる。ね。もし一日二日で変わらなかったら、一週間でも一ヶ月でも決意し続ける。これはとても大事だね。

 絶対いつかは変わります。何度でも言うけど、なぜならば、「すべては心だから」なんです。

 だから、われわれが――例えばですよ、まあ仏陀――仏陀っていうのは、われわれからみたらもう本当に手の届かないようなすごい存在に見えるけれども――「絶対仏陀になる」って決意を、もしわれわれが本気で持ち続けられたら、絶対なります。それは何生かかるかは分かんないけども。それはすべてにおいてそうなんだね。

 だからまず、この決意っていうのが非常に重要だっていうことは、ぜひ覚えておいてほしいね。

◎言葉で決意する

 で、ただそう言われても、具体的にどうすればいいんだと。それはもちろん普段から心の中で決意すればいいんだけど、言葉にしちゃうといいと思う。そういう詞章がある場合は、詞章を唱えるでもいいんだけど。詞章がなかったとしてもね、もう言葉にするんです。

 さっき言ったみたいに例えば、「寝ないぞ、寝ないぞ」でもいいんです。あるいは「解脱するぞ」でもいい。あるいは自分のいろんな悪い部分ね――こういう部分をなくすぞと。で、それはね、心が乗ってなくてもいいんですよ。心が乗ってなくてもいいっていうのは――例えばね、もうすごいたくさん食べちゃうと。で、それを、教えではあんまり食べない方がいいんだろうなって思ってるけど、心は食べたいと思っている。これをやめたいなんて思ってない。思ってなくても、言葉でおさえ込むんです。でも食べてもいいんですよ。食べてもいいけれども、口ではずっと、「食事減らすぞ、食事減らすぞ、食事減らすぞ」――これを言い続ける。そうすると、そのうち言葉が勝つんです。不思議なことに。それほど言葉の力ってのは強い。

 言葉っていうのは、もちろん声に出さなくてもいいよ。心の中でもいい。声に出せるときは出してもいいけど、出せなかったら心の中で唱えるだけでもいいんです。

 あるいは、自分の中でどうしても越えられないと思っている欠点とかがあったとして――そうだな、例えば否定的な人がいたとしたら、「肯定的になるぞ、肯定的になるぞ」「否定的にならないぞ、否定的にならないぞ」。これだけでもいい。あるいは人を批判してしまう癖があるとしたら、「絶対人を批判しないぞ、批判しないぞ、批判しないぞ」。こう言葉にするとね、すごく効果があるね。

 だからそれを日々、それぞれいろいろあるだろうから――それはマントラみたいに例えば十万回とかはやる必要ないんだけど、ちょっと思いついたら日々それをぶつぶつ唱えるとかね。これはとてもいい修行になりますね。

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