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「一握りの粉」

(53)一握りの粉

 ユディシュティラが王位についたすぐ後、戦争における悪業を清めるために、クルクシェートラの地にて、アシュワメーダという大きな供養祭が執り行なわれました。
 各国から多くの人々が集まり、また、ブラーフマナや生活困窮者たちに、たっぷりの施しものがおくられました。あらゆる点で、壮大で豪華な祭でした。

 すると突然、一匹のイタチが、招待客や僧たちが大勢いる大テントの真ん中に現われ、ひとしきり地面を転げ回った後、そこにいる人々をあざけるように笑いました。
 イタチの体は半分が黄金色に輝いていました。イタチは人々に、人間の言葉でこう語りかけました。

「お集まりの王様やお坊様方、お聞きください。皆さんはきっと、すばらしい供養祭を行なったと思っているでしょうね。しかし、昔々、クルクシェートラに住んでいた一人の貧しいブラーフマナが、一握りのとうもろこしの粉を供養しましたが、皆さんの豪勢な供養祭も、あのときのブラーフマナのささやかな供物には及びません。皆さんはこの供養祭にえらく自信をお持ちのようですが、どうかあまり鼻を高くしないでください。」

 集まっている人々は、びっくり仰天しました。あるブラーフマナが歩み出て、どういうことなのか話してほしいと、そのイタチに言いました。イタチはその大昔のささやかな供養の話について、語り始めました。

「あなたたちが戦争を起こすずっと以前に、一人のブラーフマナがクルクシェートラに住んでいました。彼と彼の家族は、田畑の落穂ひろいをして毎日の食を得ていました。
 毎日午後になると、家族四人は座って一日一回の食事をしていました。十分な落穂が拾えなかった日は、翌日の午後まで断食するのです。もしその日に必要以上の多くの落穂が拾える日でも、決して翌日のために蓄えておくことはしませんでした。これが彼らの選んだ『ウンチャヴリッティ』という厳しい修行生活だったのです。

 彼らはこのようにして何年も暮らしていましたが、ある年、大旱魃が来て、国中が飢饉になりました。耕作ができなくなり、種まきも収穫もしていないので、拾える落穂などあるはずもありません。ブラーフマナ一家は何日も飢えていましたが、ある日、空腹と暑さに苦しみながら、やっとのことでわずかばかりのとうもろこしの粒を拾い集めてきました。それを粉にひいて、お祈りをしてから四等分し、神に感謝しつつ、食事の席に着きました。
 ちょうどそのときです。飢えて死にそうなブラーフマナが、ふらふらと入ってきたのです。予期せぬ来客に彼らは立ち上がって挨拶し、一緒に食事をしてくれるようにと頼みました。魂の清浄なこのブラーフマナ一家は、この重大な状況のときに来客があったことを、心から喜んでいました。
『ようこそ、尊いブラーフマナ様。わたしは貧しい男です。このとうもろこしの粉は、ダルマから外れないやり方で得たものです。どうか召し上がってください。あなたを神が祝福してくださいますように。』
 貧しいブラーフマナはこう言って、自分の食べる分を全部客に差し上げました。
 客はがつがつとそれを食べてしまいましたが、量が少ないので、まだまだ足りません。

 客のその様子を見て、貧しいブラーフマナは、満足させてあげられないことに悲しみを覚えましたが、自分の分はもう全部差し出してしまったので、どうすることもできません。
 すると妻が言いました。
『だんな様。わたしの分もお客様にあげてください。お客様のお腹が満たされれば、わたしは嬉しうございます。』
 こう言うと、彼女は自分の分の粉を差し出しました。
 
 貧しいブラーフマナは、妻に言いました。
『信仰篤き者よ。獣も鳥も、すべての動物は、雌を養い保護するものだ。人間が動物より劣ってよいものか? わたしはお前の申し出を受けるわけにはいかぬ。家長としてのわたしの生活を助け奉仕してくれたお前を、飢えに苦しませておくようなことをしたら、この世でもあの世でも、わたしはいったいどんな報いを受けるだろう?
 愛する者よ。すでにお前は骨と皮だけになり、今にも飢え死にしそうなほど空腹ではないか、こんなお前を差し置いて、お客に食べさせたとて、何の利益があるだろう? 駄目だ、とてもお前の粉は受け取れない。』

 すると、妻は重ねてこう言いました。
『あなたは尊いブラーフマナで、聖典に精通していらっしゃるはずです。人間活動のあらゆる目的は、夫婦の間で共通であるべきですし、またその利益は平等に受けなければいけないのではないでしょうか? どうぞわたしを哀れと思し召して、この粉を受け取り、お客様の要求を満たしてくださいませ。あなただってわたしと同じようにお腹がすいているのですから、わたしを差別しないでくださいませ。どうぞお願いですから。』

 貧しいブラーフマナは、やむなく妻の粉を受け取り、客人に差し出しました。しかし客人はそれもまたあっという間に平らげてしまい、まだお腹をすかしていました。

 すると息子が進み出て、こう言いました。
『お父さん、わたしの分の粉があります。お客さんはまだお腹がすいているようですから、これをあげてください。』

 貧しいブラーフマナは、苦悩を感じながら言いました。
『息子よ! 年寄りなら飢えを我慢することもできるが、若者にとっては耐え難いものだ。わたしはお前の粉を差し出すことはできないよ。』

 すると息子は言いました。
『年老いた父の面倒を見るのは、息子の義務です。息子と父とは一体です。わたしの粉は、あなたのものなのです。お願いですから、この粉を受け取って、お腹のすいたお客様にあげてください。』

『愛する息子よ、お前の高貴な精神と、感覚制御の能力を、私は誇りに思うよ。お前に神の祝福のあらんことを!』
 こう言うと、貧しいブラーフマナは、息子の分の粉も、客に差し出しました。客はそれもぺろりと平らげましたが、まだひもじい様子です。

 すると、息子の嫁がこう言いました。
『お父様。わたしも喜んでわたしの分をお客様に差し上げて、私たち家族の義務を果たしたいと思います。どうぞこれを受け取って、娘のわたしを祝福してください。これによってわたしは永遠不滅の幸福を手に入れるのですから。』

 貧しいブラーフマナは、悲しんで言いました。
『清らかな心の娘よ。飢えのために青白くやせ衰えているのに、お前も自分の食べ物をくれるというのか。それを客に出すことによってわたしに徳を積ませようというのか。飢えに衰弱しているお前を見ながら、そんなことができると思うのかね?』

 嫁は、答えて言いました。
『お父様。あなたはわたしにとってご主人様であり、教師であり、神様なのです。なにとぞわたしを哀れんで、この粉をお受け取りください。わたしの肉体はわたしのご主人様にささげるためにあるのですから。どうぞわたしが永遠の幸福を得る手助けをしてくださいませ。よろしくお願いいたします。』

 このように懇願され、貧しいブラーフマナは、彼女の粉を受け取り、言いました。
『忠実な娘よ。すべての幸福がお前のものであるように!』

 こうして客はその最後の粉までもむさぼり食べて、やっと満足すると、こう言いました。
『おもてなし、本当にありがとう。あなた方は、純粋な善意と最大限の物でもてなしてくれましたね。あなた方の贈り物に私は心から満足しました。
 ほら! 神々はあなた方のすばらしいささげ物を賛嘆して、花の雨を降らせてくださっています! 御覧なさい! 神々があなた方を天上の楽園に案内するため、光り輝く馬車に乗って降りてきました。一握りの粉は、あなた方家族の天国を勝ち取ってくれたのです。
 飢えは人間の理性を破壊する。正しい道からそれさせる。悪い考えを起こさせる。篤信の人でも飢えの苦痛に耐えかねると信仰心も揺らぐものだ。しかしあなたは空腹の極限にありながら、勇敢にも妻や子への愛着を断って、ダルマを最優先させました。
 ラージャースーヤやアシュワメーダなどの供養祭をどんなに立派に行なっても、あなたの質素なもてなしに比べたら、万分の一の値打ちもありません。さあ、馬車が待っています。乗って、天へ行きなさい。家族と一緒にね。』

 そういうと、その不思議な客は消えてしまいました。」

 そのイタチは、そのように昔話を語った後、最後にこう言いました。

「わたしはそのとき近くにいて、ふわりと漂ってきたそのとうもろこしの粉の匂いをかぎました。するとわたしの頭が黄金色になったのです。嬉しくなってわたしは、粉がわずかにこぼれていた地面を転げまわりました。それがわたしの半身を黄金色にしたのです。残りの半身も黄金色にしたかったのですが、それだけの粉はもう、こぼれていなかったのです。
 その後、全身を黄金色にしたくてわたしは、人間が供養や苦行をしているところに出かけて行っては、地面に転がっています。そこで、世界に名のとどろいているユディシュティラ王が大供養祭を催すと聞いて、今度こそはと思ってやってきたのですが、やっぱり駄目でした。だからわたしは言ったのですよ、あなた方の大供養祭も、あのブラーフマナが客に出した一握りの粉ほどの値打ちはないと。」

 こう言うと、そのイタチは姿を消しました。

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