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「ウタンカ」

(52)ウタンカ

 

 クルクシェートラの大戦争が終わり、クリシュナはパーンドゥ兄弟に別れを告げて、ドワーラカーへの帰途につきました。

 その途中の道でクリシュナは、昔からの友人であるブラーフマナのウタンカにばったり会いました。 

 お互いに挨拶を交わした後、ウタンカはクリシュナに言いました。
「クリシュナよ。あなたのいとこにあたるパーンドゥ兄弟は、いとこのクル兄弟と仲良くしていますか? 彼らは元気で活躍していますか?」

 この無邪気な修行者は、世界を揺るがすあのクルクシェートラの大戦争があったことも、それにより多くのクシャトリヤが死んだことも、全く知らなかったのです。

 クリシュナは、起こったことの一部始終をウタンカに教えました。話を聞き終わるとウタンカは激怒し、眼を真っ赤にさせて、クリシュナにくってかかりました。
「クリシュナよ。あなたはすべて起こるままにまかせて、ただ傍観していたのですか? あなたは義務を怠った。しかもあなたは策略を用いて、彼らを破滅させたのだ。わたしはあなたを呪ってやる。覚悟しなさい!」

 クリシュナは、微笑して言いました。
「静かに、静かに。落ち着いてください。偉大な修行の成果を、怒りのために無駄にしてはいけない。私の言うことをよく聞いて、それから、もしお望みなら、呪いの言葉をお吐きなさい。」

 クリシュナは憤慨するウタンカをなだめると、自らの正体である、すべてを包含する宇宙的形相を、ウタンカに見せました。そしてこう言いました。
「世を救うために、わたしはさまざまな姿をとって、さまざまな時代に現われる。
 どんな種類の体に生まれても、その体の天性にしたがって活動するのだ。
 神々として生まれたら、神々のごとく行動する。鬼神として生まれたら鬼神のように何から何まで行動する。人間や動物として生まれたら、その体に応じた働きを通して、わたしのなすべきことを達成するのだ。」

 クリシュナの真の姿を拝むと、ウタンカは落ち着きを取り戻しました。クリシュナは喜んで、こう言いました。
「何か願い事を聞いてあげよう。何がいいかね?」

 ウタンカは答えました。
「不滅の者、クリシュナよ。あなたの本当の姿を見せていただいたことで十分です。これ以上、何も望むことはありません。」

 しかしクリシュナがどうしてもと言い張るので、荒野を放浪する質素なブラーフマナであるウタンカは、こう言いました。
「それでは主よ、わたしが渇きを覚えたとき、いつでも水が飲めるようにしてください。」

 クリシュナは微笑んで言いました。
「それだけか? では、そうしよう。」

 こうして二人は別れ、クリシュナは帰郷の旅を続けました。
 
 ある日ウタンカは、荒野を旅する途中、たいそう喉が渇きました。しかしどこにも水は見当たりません。そこでウタンカは、クリシュナから受けた恵みのことを思い出しました。するとそこへ、一人のチャンダーラ(どのカーストにも入らない不可触賎民)が現われました。彼はぼろをまとい、五匹の猟犬を紐で引いて、肩に水の入った革袋をかけていました。このチャンダーラは汚い歯をむき出してニッと笑うと、
「喉が渇いていなさるようだね。さあ、この水を飲みなさい。」
と言って、革袋についた竹のストローを差し出しました。

 ウタンカはその男をじろじろと眺めました。不可触賎民、犬(ブラーフマナにとって犬は不浄とされている)、水の入った汚い革袋、汚いストロー・・・ウタンカはうんざりした顔つきで、その申し出を断りました。
 チャンダーラの男は、何度も水を勧めましたが、そのたびにウタンカは腹を立てて断りました。するとまもなく、その男と犬はどこかへ消えてしまいました。
 男の消え方があまりにも不思議だったので、ウタンカは考えました。
「あれは何だったのだろう? 本当のチャンダーラではなかったに違いない。これはわたしに与えられた試験だったのだ。そしてわたしは惨めに落第してしまったのだ。わたしはわたしの哲学についていけなかった。チャンダーラが提供してくれた水を断ったことで、わたしは自分が高慢な愚か者であることを証明してしまった。」

 ウタンカは、後悔と無念の思いに苦しみました。するとそこへいきなり、クリシュナが現われました。ウタンカは言いました。
「おお、至高者よ! ずいぶんひどい試練を課してくださいましたね。ブラーフマナのわたしに、チャンダーラの汚れた水を飲ませようとは。あなたはこういうやり方が好きなのですか? とても親切な方法とは思えません。」

 このようなウタンカの抗議に対して、クリシュナは笑って言いました。
「ウタンカよ。君が先ほど、わたしとの約束を思い出したとき、わたしはわざわざインドラ神のところへ行って、アムリタ(不死の甘露水)を普通の水に見せかけて君に与えてほしいと頼んだのだ。だがインドラ神は、別に不死を望んでもいない人間にアムリタを与えることはできない、と言う。わたしが重ねて説得すると彼は承知したが、チャンダーラの姿で甘露水を持って行き、ブラーフマナである君がその水を受け取るか否かで君の悟りの程度を試してみる、という条件をつけた。
 わたしは君がすでに真理の智慧を体得して、外観にとらわれない境地にいるものと信じていたから、喜んでインドラ神の条件をのんだのだよ。でも結果はこの通りで、わたしは見事にインドラ神にしてやられたというわけさ。」

 ウタンカは自分の浅はかさに気づいて、赤面しました。

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