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「ヴィヴェーカーナンダ」(10)

 一時は出家を決意したナレーンドラでしたが、自分が生きている間は出家しないでほしいというラーマクリシュナの願いを聞き入れ、再び仕事を探すことにしました。そしてその翌日、その日暮らしの生活を支えるには十分な臨時の職に就くことができたのでした。

 ある日ナレーンドラは、母なる神カーリーがラーマクリシュナの願いを聞いてくれるのなら、どうして師は自分を貧しさから救ってくださるようにカーリーに頼んでくださらないのだろうかという疑問がわきました。そこでそれをラーマクリシュナに尋ねると、ラーマクリシュナはこう言いました。

「私には、そういうお願いはできないのだよ。自分で行って、母(カーリー)にお願いしたらどうかね? お前は母を受け入れていない。それだからこんなに苦しんでいるのだよ。
 わが子よ。お前の苦しみが取り除かれるように、すでに何度も母にお祈りしたのだよ。だがお前が母を望まないものだから、母が私の祈りを聞いてくださらないのだよ。
 今日は火曜日で、母にとっては特に神聖な日だ。今夜、聖堂に行って祈りなさい。お前の願いを母は必ず叶えてくださる。私が請合おう。私の母は純粋意識の権化、ブラフマンの力であられる。そして、彼女の思し召し一つでこの宇宙が生み出されたのだ。彼女の思し召しがかなわぬことなどがあるだろうか?」

 そこで夜になると、ナレーンドラは師に言われたとおりに、カーリー聖堂に祈りを捧げに行きました。
 ナレーンドラが聖堂に入ると、彼は、カーリー女神が本当にそこに存在しており、無限の愛と美の源泉であられることを、その目で見たのでした。
 愛と信仰に圧倒されて、ナレーンドラはカーリー女神に、何度もぬかずきながら、こう祈りました。

「母よ、識別智をお与えください。離欲をお与えください。いつのときにも遮られることなく、あなたのお姿を拝せるようにしてください!」

 ナレーンドラの心を、母なるカーリーが完全に覆い、ナレーンドラはこの上ない平安に包まれたのでした。

 このようなすばらしい経験をして、ナレーンドラがラーマクリシュナのところへ戻ると、ラーマクリシュナは尋ねました。
「ねえ、家族が生活苦から逃れられるよう、母にお願いしたかね?」

 ナレーンドラはびっくりして、答えました。
「いいえ、師よ。忘れていました。どうしましょう?」

 ラーマクリシュナは言いました。
「行きなさい。もう一度行って、お祈りしておいで。」

 そこでナレーンドラは再び聖堂に向かいました。しかしカーリー女神の前に立つと、再び圧倒されて、そこへ来た目的を忘れてしまうのでした。繰り返し女神にぬかずくと、
「智慧と信仰をお授けください。」
と願いました。

 そうしてまたナレーンドラがラーマクリシュナのところへ戻ると、ラーマクリシュナは再び尋ねました。
「さて、今度はお願いできたかね?」

 ナレーンドラは答えました。
「いいえ、師よ。できませんでした。母を見るなり、神聖な力に圧倒されて、すべてを忘れてしまったのです。それで智慧と信仰だけを願ったのです。さて、どういたしましょうか?」

 ラーマクリシュナは言いました。
「おばかさんだね! もっとしっかりして、自分の願いを思い出せなかったのかね? もう一度行って、欲しいものを母におねだりしてきなさい!」

 こう言われてナレーンドラは三たび出かけて行きました。
 しかし聖堂に入るやいなや、ナレーンドラは深く恥じ入りました。

「なんとつまらないものを、母におねだりしようとしたのだろう! これでは、師がよくおっしゃるように、王様のお招きにあずかりながら、ひょうたんやカボチャをお願いしているようなものだ! 何という愚かさ! 私はなんて心の狭いやつなんだろう。」

 恥と後悔の念から、ナレーンドラは女神の前に何度もぬかずいて祈りました。
「母よ、智慧と信仰だけをお授けください。」

 
 聖堂から出てきたナレーンドラは、このすべてのことは、ラーマクリシュナが仕掛けたことに違いない、と気づきました。もはや彼には、現世的な経済問題などを、母なる神にお願いすることはできなくなってしまったのでした。
 しかしナレーンドラは、家族のことも心配だったので、ラーマクリシュナ自身が、何とかそれを祈ってくださらないかとせがみました。そこで最後にはラーマクリシュナはこう言いました。
「よろしい。質素な衣食には決して事欠かないだろう。」

 この一件は、ナレーンドラの生涯における非常に重要な出来事でした。以前はナレーンドラは、カーリーの像を母なる神として礼拝することの深い意味を理解することができず、それは偶像崇拝に過ぎないと、批判を繰り返していたのです。しかしこの日、ついにナレーンドラは、自らの圧倒的な体験をもって、その意味を理解し、「形ある神」として現われているカーリーを受け入れたのでした。
 
 このことは、ラーマクリシュナにとっても大変な喜びでした。翌日、ドッキネッショルにやってきた信者に、ラーマクリシュナは微笑みながら、
「ナレーンドラが母なる神を認めたのだよ。大変よろしい。お前、どう思うか?」
と、同じことを何度も何度も繰り返し言われたのでした。

つづく

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