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「ビーマの鬼退治」

(14)ビーマの鬼退治

☆主要登場人物
◎クンティー・・・パーンドゥ王の后。パーンドゥ兄弟の母。
◎ビーマ・・・パーンドゥ兄弟の次男。風神ヴァーユの子。非常に強い。
◎ユディシュティラ・・・パーンドゥ兄弟の長男。ダルマ神の子。
◎ドゥルヨーダナ・・・クル兄弟の長男。パーンドゥ兄弟に強い憎しみを抱く。

 パーンドゥ一家はブラーフマナの姿に変装してエーカチャクラのあるブラーフマナの家に住み、兄弟たちは日々托鉢をして得た食物を、母であるクンティー妃のもとへ運んでいました。クンティー妃は、息子たちが運んできた食物を二等分して、半分をビーマにやり、残りの半分を、四人の兄弟と母親とで分けて食べていました。
 というのも、ビーマは誰にも負けない力の持ち主であるだけあって、ものすごい大食漢だったのです。しかしそれでもビーマの食欲は満たされることなく、どんどんやせ細って行き、母や兄弟たちを大いに心配させました。

 ある日のこと、ビーマとクンティーが一緒に家にいるとき、家主であるブラーフマナの住まいから、大きな泣き声が聞こえてきました。何か大きな不幸がこの家に起こったと知ったクンティーは、家主の住まいに入っていきました。すると、家主の夫が妻に向かってこのように言う声が聞こえてきました。

「ああ、お前はなんて運がなくて馬鹿なんだろう。わしはこの町におさらばしたいといつも思っていたのだが、お前は先祖代々のこの土地に執着し、賛成してくれなかった。そのためについにこの悲劇のときがやってきてしまったのだ。
 わしには、お前を死なせることなどとてもできない。
 かといってこの幼い娘は、神からの授かり物であるから、犠牲にするのは間違っている。
 まだ赤子である息子は、わしらの心の安らぎであり、老後の頼りでもある。この息子を死なせたら、わしらは今後どうやって生きていけばいいというのか。
 かといって、わし自身が死んだとしたら、この二人の子供は、保護者を失ったことにより、早死にしてしまうかもしれぬ。
 ああ、わしは一体、どうしたらいいというのじゃ。いっそのこと、家族そろって心中するのが一番いいのかもしれぬ。」

 すると、これに伝えて妻が言いました。

「あなたなら子供たちを保護してやれますが、私にはできません。
 また、あなたがいなくなったなら。私は邪悪な男どもの餌食になってしまうかもしれません。
 ですから、私が悪鬼に渡されるのが、一番いいと思います。夫が生きている間にあの世へいける女ほど、幸せなものはありません。私は、あなたと一緒に本当に幸せに暮らしてまいりました。私はまた多くの善行も積んでまいりました。あなたに貞節で献身的に尽くしてきたことで、私はきっと天に入れてもらえます。生前善き妻であった者にとって、死は恐ろしいものではありません。私が死にましたら、どうぞ新しい妻をお迎えください。あなたの勇気ある微笑で私を励まし、祝福を与えた上で、私を悪鬼のもとへお送りください。」

 妻のこうした言葉を聴き、夫は彼女を優しく抱擁しました。そして妻の深い愛と勇気に完全に圧倒され、子供のように泣き出しました。やっと気を取り直して、再び妻にこう言いました。

「ああ、愛しくも気高いわが妻よ。お前は一体何ということを言うのか。お前なしでわしがどうして生きてなどおられるものか。
 夫のまずなすべき務めは、妻を守ることだ。もしわしが愛と義務とを犠牲にし、お前を悪鬼に引き渡して自分だけがのうのうと生きているようなことがあるならば、このわしは全くいやしむべき罪人となってしまうのだよ。」

 この痛ましい会話を聞いていた幼い娘は、ここで泣きじゃくりながら言葉をはさみました。

「私はまだ子供ですが、私の申し上げることにも耳をお貸しください。
 お父様やお母様が手放して悪鬼に差し出せるのは、私しかおりません。私一人を犠牲にすることで、家族を救うことができるのです。
 ですからお父様やお母様がたとえ私のためを思ってくださるとしても、私を悪鬼のもとへと差し出されるのが、一番よろしいかと思います。」

 娘のこのような健気な言葉を聴いて、両親は彼女を抱きしめ、ただ泣くばかりでした。

 ころあいを見て、クンティーは中に入っていき、彼らの悲しみのわけを問い、自分たちに何かできることはないかとたずねました。ブラーフマナの夫が答えました。

「奥様、これはあなた様のお力ではどうにもならぬ悲しみなのでございます。
 実はこの町の近くのある洞窟に、バカースラという残忍で恐ろしく力の強い鬼が住んでいるのでございます。
 この鬼は13年前、この王国を力づくで支配してしまい、われわれを奴隷としてしまったのです。
 この鬼は以前は、たまに洞窟から出てきては、町の人間たちを手当たり次第に食い殺していたのです。
 そこで町の者たちが鬼と交渉して、無差別の殺戮をやめる代わりに、週に一度、大量のご馳走と牛とともに、一人の人間を差し出すという契約を、鬼と結んだのでございます。
 そしていよいよ、家族から誰か一人を鬼に差し出すという順番が、われわれにめぐってきてしまったのでございます。
 私たちは、家族の者の誰か一人を差し出して、残りの者がのうのうと生きながらえるということなどはできません。ですからわれわれ全員で鬼のところへ行き、みなで一緒に鬼に食い殺されたいと思います。」

 この悲しい話を聞いたクンティー妃は、ブラーフマナの家族にこう言いました。
「家主よ。あきらめなさるな。神は偉大でいらっしゃいます。
 私には五人の息子がおりますが、そのうちの一人、ビーマという者が、その鬼のもとへ食物を持ってまいりましょう。」

 ブラーフマナはこれを聞いて大変驚き、大反対して、クンティー妃の提案に耳を貸そうとしませんでした。しかしクンティー妃はこう言いました。

「ブラーフマナ様。心配はご無用です。私の息子のビーマは、マントラによって得た超人的な力を持っていますから、きっとその鬼を退治してくれるでしょう。しかしこのことは誰にも内緒にしておいてください。あなた様がこれを誰かに漏らされたら、息子の力は消えてしまうのですから。」

 クンティー妃がなぜこのようなことを言ったのかというと、もしこの出来事が広く喧伝されてしまうと、その話がクル族の者まで伝わり、自分たちの居場所がばれてしまうかもしれないということを恐れてのことでした。

 戦い好きのビーマは、この話を聞いて、有頂天になって喜びました。
 托鉢から帰ってきたユディシュティラは、ビーマの顔がいつになく喜びで輝いているのを見て、何があったのかと母に問いただしました。クンティー妃はユディシュティラに一部始終を話しました。話を聞いて、ユディシュティラは母に言いました。

「なんということを。少し軽率ではございませんか?
 ビーマの力に頼っているからこそ、われわれは日々、何の心配もなく眠れるのです。
 また、ビーマの力を当てにして、われわれはいつかまた、王国を取り戻そうという希望を持っているのではございませんか?
 ビーマの勇敢さがあったからこそ、われわれはドゥルヨーダナの策略から逃げおおせたのではありませんか?
 それなのに母上は、われわれの保護者であり未来の希望でもあるビーマを、危険にさらそうとしていらっしゃる。」

 クンティー妃は、これに答えてこう言いました。

「息子や。私たちはこのブラーフマナの家にご厄介になり、楽しく暮らしてまいりました。
 人としての義務、いや、人間としての最高の美徳は、今までお世話になった方に何か良いことをしてあげ、そのご恩に報いることなのです。
 私はビーマの強さを知っていますので、何の心配もしていません。
 このブラーフマナの家族のために何かして差し上げるのは、私たちの義務なのです。」

 こうしてビーマは、多くの食物を積んだ車とともに、鬼の住む洞窟へと進んで行きました。
 鬼の住む洞窟の前は、人間の骨や髪の毛や血が散乱して悪臭が立ち込め、蛆虫やアリや、腐肉を狙う鳥の群れでいっぱいになっていました。
 ビーマは、
「俺と鬼との戦いで食物がめちゃくちゃになってしまう前に、全部たいらげてしまわなくちゃ」
と思い、鬼の洞窟の前で、鬼のために用意された大量の食物をむしゃむしゃと食べ始めました。

 洞窟から出てきた鬼は、ビーマが自分の食物を食べているのを見て、怒り狂いました。巨大な身体、赤い髭と髪、耳まで裂けた口を持つ鬼は、ビーマのもとへ走ってきて飛びかかろうとしましたが、ビーマは平気な顔で、鬼に背を向け、片手で食べ物を食べながら、片手で鬼をいなしていました。
 鬼はビーマの背中に雨あられのようにパンチを打ち下ろしましたが、ビーマは一向に鬼に構おうとせず、食べるのをやめませんでした。
 そこで鬼は一本の樹を根こそぎ引き抜き、ビーマに投げつけましたが、それでもビーマは食べるのをやめず、片手でそれを払いのけました。
 すべての食物を食べ終わり、ヨーグルトの瓶まで空にして、口ひげをぬぐってから、ビーマはやっと満足して立ち上がり、鬼のほうを向きました。
 
 こうしてビーマと鬼のすさまじい戦いが始まりました。しかし実力差は歴然で、鬼はビーマに、まるでぼろ雑巾のように、何度も投げられました。最後にビーマは、倒れた鬼の背中にひざを落として背骨を砕き、鬼は絶命したのでした。ビーマはその死体を町の門まで引きずってきて、人々を喜ばせたのでした。

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