yoga school kailas

◎聖音オーム

【本文】
タシャ ヴァーチャカハ プラナヴァハ

彼があらわれた言葉が、聖音オームである。

タッジャパスタダルタバーヴァナム

これを繰り返し唱え、この音が意味する自在神を念想するがよい。

タタハ プラティヤクチェータナーディガモーピャンタラーヤーバーヴァシュチャ

それによって、内観を得、ヨーガに対する障害を破壊することができる。

 この自在神というのは、その本質はあらゆるものに偏在する完全なる実在なので、このマーヤー――幻影の世界にいるわれわれは、本来見ることができない。その本質的な絶対者が音として現われたものが、根源的なものが音として現われたものが、よくヨーガの儀式や修行とかで使われる「オーム」なんだね。
 この「オーム」という音。実際はオームじゃなくてアウムなんだけど、これはいつも言うようにキリスト教のアーメンともすごく音が近くて。キリスト教では「はじめに言葉があった」という言い方をしてるけど、ヒンドゥー教では「はじめにオームがあった」と言っている。同じだね。
 つまりこの世の初めに、このオームという波動があった。そこからいろんなものが展開したという考えがあるんだけど。このオームという波動は、自在神・至高者が音という形をとって現われたものなんですよと。
 だから別の言い方をすると、音というのはすべて、何らかの実体を持っているんです。日本では言霊っていうけども。何気なく発された音にも、すべて意味がある。だからマントラがあるんだね。いい意味をもつ音の組み合わせがマントラなんです。
 日本語っていうのは、言霊文化があるから――単なる言葉もそうだね。さっきも言ったけど、「私は駄目だ」「私は嫌だ」――これは否定的言葉。この背景には否定的なエネルギーというのがあるんです。これを発しているとどんどん否定的なエネルギーが強くなっていく。だから肯定的な言葉を発すればいい。
 最近精神世界でも、そういうの流行ってるよね。常にいつもありがとうと言いましょうとか。それはとてもいいことだね。そういう肯定的なエネルギーを発する言葉を発していると、どんどん肯定的になっていく。
 そういう言葉ではなくて、音そのものの組み合わせがマントラ。マントラも狙いに応じて、どういう部分を強めたいかによっていろんなマントラがあるわけだけど、そのおおもとのおおもとの至高者そのものをあらわすマントラが「オーム」なんだよ、というところがここだね。これを繰り返し唱え、自在神を念想する。これは仏教の念仏とかに近いけども、シヴァでもクリシュナでもいいんだけど、自分が絶対者と思う神や仏陀を心に念じつつ、オームを繰り返し唱えなさい、という行法の説明だね。それによって内観を得――つまり、内なる世界に対する正観というか正しい智慧を得て、ヨーガに対する障害を破壊することができるんですよと。
 はい、そしてこのオームによって破壊することができるとされる障害とは何かと。それが次に出ているね。

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