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ジャータカ・マーラー(14)「シャラバ」

 ジャータカ・マーラー(14)「シャラバ」

 世尊がまだ菩薩だった頃、シャラバという動物として生まれたことがありました。シャラバは力・速さ・美しさ・勇気をそなえ、強健な体を有し、ある森林に住んでいました。彼は慈悲の習性のゆえに、他の動物たちに敵意を抱くことがなく、草と葉と水だけを食べて暮らしていました。
 
 あるとき、その地方の領主である一人の王が、狩りのためにシャラバの住む森林にやってきました。シャラバの姿を見つけた王は、鋭い矢を弓につがえ、馬に乗ってシャラバの方へと近づいていきました。それに気づいたシャラバは、王を打ち負かす強さを持っていたものの、暴力や怒りを放棄しているので、そこから逃走しました。
 途中、大きな深い割れ目をシャラバは飛び越えて行きましたが、シャラバを追ってきた王の乗る馬は、その割れ目を飛び越えることができずに、急停止しました。そのため王は馬から放り出され、その大きな深い割れ目の中に落ちてしまいました。

 さて、急に馬の蹄の音がやんだので、シャラバが後ろを振り返ってみると、ただ馬だけが割れ目の前で立ち尽くしているのが見えました。きっと王はあの深い割れ目の中に落ちたのだろうと気づいたシャラバは、自分を殺そうとしていたその王に対して、この上ない慈悲心がわき起こってきて、こう考えました。

「彼はあの大きな深い割れ目の中に落ちて、落下の衝撃で手足を骨折して、気絶しているか、悲嘆に暮れているだろう。ああ、悲しいかな、彼は苦悩に陥っている。
 裕福なあの王のような者は、苦悩の経験が少なく、心はきわめて繊細なので、人一倍苦しんでいることだろう。
 もしまだ彼が死んでいなかったならば、彼を助けなければならない。」

 こう考えたシャラバは、その割れ目の縁までやってきました。中をのぞき込むと、王はまだ生きており、もがき苦しんでいるのが見えました。

 それを見たシャラバの眼に、涙があふれてきました。慈悲心のゆえに、その男が先ほどまで自分を殺そうとしていた敵であるという思いは忘れ、彼の苦しみを親友のように共感したのでした。
 そして王を元気づけながら、こう言いました。

「大王様。この深い割れ目の穴の中に落ちて、怪我をしていませんか? 手足は傷ついていませんか? 
 私は鬼神ではありません。私はあなたの領地に住む動物です。私はあなたの領地の草と水で成長しました。ですから私を信用してください。
 深い穴に落ちたからといって、失望しないでください。私はここからあなたを救い出すことができます。もし私を信用してくださるなら、私に命令してください。私は行きますから。」

 そのとき、王はシャラバの希有なる言葉に驚き、心奪われ、羞恥心を生じつつ、こう考えました。

「自分を殺そうとした敵である私に対し、いったいどうしてこの者は慈悲心を抱くのだろうか。この無垢なる者に対して、どうして私が逆らえようか。
 ああ、やさしく厳しい行為によって私は忠告された。私こそ動物か家畜である。このシャラバの姿をした者は誰だろうか。」

 そして王はシャラバにこう言いました。

「私は鎧を身につけていたので、それほど傷つくことはありませんでした。落下の衝撃による苦痛はありますが、何とか辛抱できるほどのものです。
 しかしそれ以上に私は、このような善良な心を持つあなたに対してご無礼を働いたことに苦しんでいます。
 私はあなたの本性を知ることなく、ただの動物のように見ていたのです。」

 さて、シャラバは王のこの言葉を聞いて、王が救出に同意していると考え、王を救い出す決心をして、その深い穴の中に降りていきました。
 そしてシャラバは王を自分の背中に乗せると、穴の外へと飛び上がりました。

 こうして救出された王は、シャラバを抱きしめて言いました。

「シャラバよ、私のこの命はあなたのものです。いわんや私の支配するものもすべてあなたのものです。どうか私の都へおいでください。そしてもしお気に召すなら、そこにどうか滞在してください。
 この森林は、恐ろしい猟師がおり、暑さや寒さや雨などの苦しみがあります。このような苦難の場所にあなたを残して、私が一人で都に帰るのは、ふさわしいことではありません。さあ、一緒に行きましょう。」

 するとシャラバは王に対して、礼儀正しくやさしく丁寧に、こう答えました。

「王よ、これはまさにあなたのような功徳を愛する人たちにとって、ふさわしい行いでしょう。
 しかし、人間にとっての安楽と、動物にとっての安楽は違います。私はこの森に慣れているのです。
 もしあなたが私の望みを叶えたいと思うならば、狩猟をおこなうことをやめてください。愚かな心を持っている哀れな動物たちこそ、慈悲を受けるにふさわしいのですから。
 楽を求め苦を厭うという点において、生き物はみな同じ心を持つと知るべきです。それゆえに、自らに欲しないことを、他の生き物に対しておこなってはなりません。
 名声の損失、善人からの非難、そしてあらゆる苦しみは、ただ悪から生じると知って、悪を敵のごとく除去してください。それは疾病のようなものだから、許しておいてはならないと。
 正しい時と場合に応じて、あなたの莫大な財産をもって、聖者・賢者方と交わり、供養しなさい。
 そしてまた、すべての衆生に対して、自己に対するのと同じように利益しようという決心を達成してください。それにより、名声と安楽の因である諸々の功徳を積んでください。」

 このようにシャラバは王に教え諭したあと、森の奥へと帰って行きました。

 
 このように、大慈悲ある魂は、自分を殺害しようとした相手であっても、その者が不幸に陥ったならば、彼を哀れみ、見捨てることはないのです。

 このエピソードは、慈悲を称賛する際にも説かれるべきです。 
 また、如来の偉大なる人格を敬う際にも、怨みを捨てることによって怨みはやむということを教える際にも、忍耐について語る際にも、このエピソードは引用されるべきであるといわれます。

 このように、動物に生まれた時でさえも、菩薩たちは、加害者たちに対してさえも慈悲深い行いをおこなっているのが見られます。ならば人間でありながら、他の衆生に対する慈悲に欠ける者が、どうして菩薩といえましょうか。したがってあなたは、すべての衆生に対して、たとえ自分を害する者に対しても、慈悲深くあるべきなのです。

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