「ユディシュティラの礼節」
(42)第一日目 ユディシュティラの礼節
☆主要登場人物
▽パーンドゥ軍
◎ユディシュティラ・・・パーンドゥ兄弟の長男。クンティー妃とダルマ神の子。
◎クリシュナ・・・パーンドゥ兄弟のいとこ。実は至高者の化身。
◎ドルパダ・・・パンチャーラの王。ドラウパディーの父。ドローナに敵対心を抱く。
◎ヴィラータ・・・パーンドゥ一家が隠れ住んでいたマツヤ国の王。
◎ドリシュタデュムナ・・・ドルパダ王の息子。ドラウパディーの兄。ドルパダの祈りにより、ドローナを殺すために生まれてきた。
◎シカンディン・・・ドルパダ王の娘。ビーシュマを殺すために生まれてきた。もとは女性だったが、苦行によって男性になった。
◎サーティヤキ・・・クリシュナと同じヤドゥ族の偉大な戦士。
◎ビーマ・・・パーンドゥ兄弟の次男。クンティー妃と風神ヴァーユの子。非常に強い。
◎ウッタラ・・・ヴィラータ王の息子。
◎シュウェータ・・・ヴィラータ王の息子。
◎アビマンニュ・・・アルジュナと、クリシュナの妹スバドラーとの息子
◎アルジュナ・・・パーンドゥ兄弟の三男。クンティー妃とインドラ神の子。弓、武術の達人。
▽クル軍
◎ドゥルヨーダナ・・・クル兄弟の長男。パーンドゥ兄弟に強い憎しみを抱く。
◎ビーシュマ・・・ガンガー女神と、クル兄弟・パーンドゥ兄弟の曽祖父であるシャーンタヌ王の子。一族の長老的存在。
◎ドローナ・・・クル兄弟とパーンドゥ兄弟の武術の師。
◎クリパ・・・クル兄弟とパーンドゥ兄弟の武術の師。ドローナの叔父。
◎シャリヤ・・・パーンドゥ兄弟の叔父だが、ドゥルヨーダナの策略により、クル軍側につく。
準備はことごとく終了し、いよいよ開戦というそのとき、両軍は、信じられない光景を目にしました。
それはユディシュティラが、突然、鎧を脱ぎ捨て、武器も放り投げて戦車から降り、クル軍の方へ向かって歩き始めたのです。
誰もがあっけに取られて、ユディシュティラの行動を見ていました。パーンドゥ兄弟もみな驚き、ユディシュティラの元へと駆け寄っていきました。生まれつきやさしく自己犠牲の精神に満ちたユディシュティラが、この期になって戦争を中止するために無条件降伏でもするのではないかと恐れたのです。
しかしクリシュナは、ユディシュティラの思いを見抜き、にっこり笑ってこう言いました。
「この恐ろしい戦争を始める前に、彼は一族の長老たちから祝福を授けてもらいに行くのだよ。
これほどの一大事を起こすのに、長老たちの祝福と許可を得ないのは道に外れている、と彼は考えているのだ。
彼の行為は正しい。彼は、なすべきこととなすべきでないこととを知っている。」
さて、クル軍の兵士たちは、ユディシュティラが無防備な姿で、頭を低くし、両手を組み合わせて、いかにもへりくだった態度で歩いてくるのを見たとき、こう思いました。
「パーンドゥ軍はわれわれの強大さに恐れをなして、講和を求めに来るようだ。それにしても、まったくクシャトリヤの面汚しの臆病者だ。」
戦わずして勝つかもしれないという喜びを隠しながら、彼らはこのようにユディシュティラの悪口を言っていたのでした。
ユディシュティラはそんな兵士たちの間を通り抜けると、ビーシュマのいるところへ行き、身をかがめると、ビーシュマの足に触れて礼拝し、こう言いました。
「じい様。戦を始めることをお許しください。申し訳ないことですが、あなた様と戦うことになってしまいました。開戦の前に、祝福を授けていただきに参りました。」
ビーシュマはこう答えました。
「孫よ。クシャトリヤに生まれた者として、お前の行動は実に適切で立派だ。わしはうれしく思っている。戦って、勝利を得なさい。わしは自由に行動できない立場にいる。ドリタラーシュトラに対して道義上の責任があるから、クル軍の側につかなければならない。だが、お前は負けないよ。」
こうしてビーシュマから祝福と許可を受けた後、ユディシュティラはドローナのところへ行き、師に対する礼拝をしてから、同様のお願いをしたところ、彼も快く祝福を与えてくれました。
「クル家に対しては、どうしても免れがたい義理があるのでね、ユディシュティラ。私たちは利権の奴隷になってしまったのだよ。そのためにクル家にしばりつけられているような有様だから、私はクル軍の一員として戦わざるを得ない。だが、お前たちのほうが勝つのだよ。」
ユディシュティラは、クリパ師とシャリヤからも同様の祝福を受けると、パーンドゥ軍の陣営に戻ってきたのでした。
そしていよいよ戦争が始まりました。この日、クル軍の指揮はドゥッシャーサナが執り、パーンドゥ軍の指揮はビーマが執りました。親族同士が互いに斬り合いをする、きちがいじみた恐るべき大殺戮が始まったのです。
午前中、ビーシュマがすべてをなぎ倒すようにしてパーンドゥ軍の兵を倒していったので、パーンドゥ軍は震え上がりました。これを見ていたアルジュナの息子のアビマンニュは、一人でビーシュマに挑みかかりました。アビマンニュはまず驚異的な強さで、クル軍の兵士を倒していきました。
クル軍の兵士たちは総がかりでアビマンニュに攻撃をしかけましたが、アビマンニュは平然とした顔で、多数を相手に戦いました。ビーシュマが放つ矢もアビマンニュはことごとく受け流し、逆にアビマンニュの矢はビーシュマの旗を壊しました。
かわいい曾孫であるアビマンニュの武勇を見たビーシュマは、大変喜びました。しかしビーシュマは不本意にも、このかわいらしく勇敢な曾孫の少年を相手に、全力で戦わなければならないのでした。
今度はパーンドゥ軍からヴィラータ、その息子のウッタラ王子、そしてドリシュタデュムナとビーマも来て、アビマンニュの助太刀をしたので、ビーシュマはこれらの勇者たちを相手に戦わなければならなくなりました。
象に乗ったウッタラが、シャリヤを猛烈に攻め立てました。シャリヤがウッタラに槍を投げると、見事にそれはウッタラの胸に命中し、ウッタラは象の上から転げ落ちて死にました。
ウッタラの兄であるシュウェータは、弟がシャリヤに殺されるのを見て、火のように怒り、シャリヤに矢を雨のように浴びせましたが、シャリヤはその見事な武技で、飛んでくるあまたの矢を受け流しました。
ドゥルヨーダナはシャリヤの救援のために軍を送り、ここで両軍の大合戦となりました。シュウェータはクル軍を追い散らしながら前に進み、ビーシュマに襲いかかりました。
シュウェータが矛を振り回すと、ビーシュマの戦車は粉々に砕けてしまいました。しかしビーシュマはその直前に戦車からすばやく飛び降りると、必殺の矢をシュウェータに向かって放ちました。矢は命中し、シュウェータは死にました。
こうして第一日目の戦闘では、ヴィラータ王の二人の王子であるウッタラとシュウェータが戦死し、パーンドゥ軍は大打撃をこうむり、クル軍の優勢で終わりました。ドゥルヨーダナはまるでもう勝利したかのように喜びました。
パーンドゥ兄弟はクリシュナのところへ来て、心配して相談しました。クリシュナはこう言って彼らを安心させました。
「ユディシュティラよ、恐れるな。神は、あなたと弟たちを祝福してくれたのだよ。なぜ疑いを抱くのだ? まだ私もいるし、サーティヤキも、ヴィラータも、ドルパダも、それにドリシュタデュムナもいるではないか。それなのに、どうしてそんなにがっかりしているのかね? ビーシュマを打ち倒すために生まれてきたシカンディンが、そのときを待ちかねているのを忘れたのかい?」