「聖者の生涯 ナーロー」⑨(3)
◎バルドのヨーガ
はい。で、ここでバルドのヨーガを与えたって書いてありますが、バルドのヨーガそのものは実際非常に幅広いんだけども。それはさっきも言ったように『ナーローの六ヨーガ』とか読んでもらったらいいと思いますが、一つは、今言ったような、バルドとは何かという教えがある。つまり今言ったさまざまなバルドだけではなくて、当然死後のバルドね。つまり人間は死んだらどうなってどのようなプロセスを通ってね、死後の世界を通って生まれ変わるのかっていうのをしっかり学ぶと。で、学ぶだけではなくて、当然それを経験しなきゃいけない。
で、じゃあどうやったら経験できるんですかっていう問題がありますが、これはですね、皆さんがやってるいわゆるクンダリニーヨーガ、これを進めれば自動的に経験します。つまり準備が整ったら自動的に経験します。つまり自動的に皆さんはおそらく――それは皆さんの努力次第でね、一年後か五年後か十年後か分からないけども、いきなり経験します、これは。寝てるときかもしれないし夢の中かもしれないし瞑想中かもしれないけども、つまり皆さんが実際に――本当は生きてるんだけど――実際に死んで死後の世界に入って、いろんな幻影を見て生まれ変わるっていうプロセスを、何度も経験するようになります。だからそれはしっかりとクンダリニーヨーガ的な、つまり熱のヨーガ的な修行を進めるしかないんだね。
だから、どうなっているかっていう知識、それから実際に修行することによって経験する死後の世界の真実ね。で、もう一つは、普通の人は普通に死んでバルドに入って、カルマに応じて生まれ変わるわけだけども、修行者の場合は――まずね、完全なる完成者。この完全なる完成者っていうのは、当然バルドは関係ありません。つまりバルドは経験しないっていうかな。バルドが必要ないというかな――状態がある。でもそこまでいってない場合、死後の瞬間を利用して解脱する、つまり仏陀の境地に至るっていう方法があるんだね。これは簡単に言うとね――これも六ヨーガの本とか読んでもらったら分かるけども――われわれが死ぬときっていうのは、まず五大エレメントが崩壊して――地・水・火・風・空という、われわれの肉体を構成する要素がどんどん崩壊していって、で、白い光に包まれ、赤い光に包まれ、そして暗闇の中に没入すると。で、その後、つまりそのものすごい深い闇の後に鮮明な――英語ではクリアーライトと訳されていますが――鮮明なる透明なる純粋な光の中に没入すると。そして、ここにおいてわれわれが意識を鮮明に持ち、そのクリアーライトの中に没入し安定させることができたら、われわれはある意味仏陀です。ある意味っていうのは、その人がどういう生き方してきたかによって、仏陀といっても段階があるわけだけど、ある意味解脱者の境地に至ります。これを狙う修行もあるんだね。
で、そこまでもいけない場合――つまりそこまでいけないっていうのは、クリアーライトからまたガーッて戻ってきてしまう。戻ってきてしまうっていうのは、また雑な世界に戻ってきてしまうわけだけど、その段階で『チベット死者の書』とかに書いてあるような、優しい神々、それから恐怖の神々っていうのがバーッと現われると。で、この優しい平和な神々か、あるいは恐怖の神々かどちらかの段階で、われわれがね、「あ、これはわたしの心のあらわれに過ぎない」と。あるいは「これは仏陀の祝福なのである」ということを認識し、そこに没入できれば、われわれはその仏陀の浄土やあるいは高い神の世界に生まれ変わると。ね。
そうではなくて、もちろんここでもし――普通は失敗して、低い世界に落ちるわけだけども――もう一つ菩薩的なヨーギーというかな、菩薩的な密教行者が狙っているのは、当然――もちろんその行者が、ある高度な菩薩、あるいは高度な仏陀だったならば、当然化身を自在に操れるので、これもあんまり輪廻とかは関係なく――輪廻と関係なくっていうか、自分がただ死んで生まれ変わるっていうそれだけではなくて、もうさまざまな化身としていろんな世界に自在に生まれるっていうことができるので、問題ないわけだけど。まだそこまではいってない菩薩の場合――つまりまだそういう自在性がない場合、まずは化身が作れるかどうか分からないが――つまりいくつもの化身ができるかは分からないけども、少なくとも自分、今自分だと認識しているこの自分だけでも、救済のために化身として生まれ変わらなきゃいけないと。その修行として――六ヨーガの修行自体がその修行に通じるんですけども――実際に死んで、つまりさっき言ったように一旦クリアーライトに没入し、クリアーライトからグワーッて元に戻されるときに、最初五大エレメント――つまり地・水・火・風・空の崩壊があってクリアーライトに入ったんだけど、逆にクリアーライトから戻ってくるときに、まず心の働きが甦って、そして五大エレメントが甦ると。で、普通はここでどうなるのかというと、当然前生から培ってきたけがれた心の働きが甦り、そしてそれに応じた――まずはね、霊的な身体ができあがります。これが俗にいう幽霊っていうやつです。霊的な身体ができあがって、で、その後、バルドの幻影に引きずり込まれるようにして、われわれのけがれた肉体ができるんだね。この過程の中で、当然そのクリアーライトから普通は過去世のけがれた心が甦るんだが、じゃなくて菩薩の心を甦らせる。あるいは、例えば神や仏陀だけを思う純粋な愛の心を甦らせる。そしてそれに応じたボディ、つまり普通の人の霊的な幽霊みたいな体ではなくて、この段階で神の体、あるいは仏陀の化身としての体を甦らせるのが理想なんだね。
つまり例えばなんでもいいんだけど、このヴァジュラサットヴァだったらヴァジュラサットヴァでもいいし、まあシヴァでもクリシュナでもいいわけだけど、ヴァジュラサットヴァの体として死後の世界で甦る。そして当然その前段階で清らかな心も甦らせて。つまりバルドの霊的世界の中で、普通の人と同じようなけがれた心、そしてけがれた霊的な存在ではなくて、いわゆる化身の状態を作ってしまうんだね。そしてそれによって自分の使命っていうかな、例えば神に命じられた、あるいは自分と縁のある世界に救済のために生まれ変わっていくんだね。これが菩薩がとるバルドのヨーガの道なんだね。これを自在にできるようにするために、何度も実際にクンダリニーヨーガ等によって死後の世界を経験したり、あるいはその前段階としてイメージの中で、例えば死後の世界から神として甦る瞑想とか、あるいは夢の中から神として甦る訓練とかね、そういうのをひたすらやるんだね。これがバルドのヨーガですね。
だから今言ったようにちょっと幅広いんだね、バルドのヨーガって言った場合ね。こういったことをここでね、ティローがナーローに伝授したっていうところですね。