妄想の中から立ち上がれ
妄想や疑念には、限りがない。
なぜなら思考や言葉や概念の組み合わせには、限りがないから。
そこにはまってしまうと、実体のないイメージは際限なく展開し、
貴重な人生の時間が無駄になる。
大事なことは、「信」を持つことだ。
信じることだ。
信ずべき対象がハッキリしている場合は、それを信じる。
あるいはすべてのベースとして、神を信じる。
神に愛されていることを信じる。
修行者の場合は、その神の体現としての師を信じる。
その信を得たとき、我々は妄想や疑念から解放され、
立ち上がることができる。
無理矢理でも立ち上がれ。
信じるのだ。
信じて進むのだ。
走るのだ。
仮に、信じたことが間違っていて、それで人生を棒に振ったって、いいじゃないか。
妄想と疑念の中に悶々と沈んでいる人生よりは、ずっといい。
もしそれが、本当に君がなすべきことなら、
意識を純粋にして心を合わせれば、わかるはずだ。
「これしかないのだ」と。
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