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2011年インド修行旅行記(12)「ラーマクリシュナの部屋とベルの樹」

 さて、ヨーガ教室のメンバーで、神秘的な夢やヴィジョンをよく見ることで有名なSさんが、前回の私の旅行記を見てメールをくれました。
 私は、空飛ぶ馬車でみんなが障害を乗り越えていくヴィジョンをヴリンダーヴァンで見た、と書きましたが、なんとSさんも、瞑想中に同様のヴィジョンを見ていたそうです。それは、色とりどりのきらめく宝石の数々に続き、空を駆ける黄金の馬車のヴィジョンだったそうです。

 Sさんといえば、記述のように、ヒマラヤにおいて我々が徒歩で山越えをする予知夢を的中させた方です。ですからこのヴィジョンも、何か素晴らしい予兆として現実化するかもしれませんね。しかも私も同様のヴィジョンを見ていますから。

 また、既述したベルル・マトの早朝の瞑想において、Sさんは、すでに亡くなっている多くの人々が、瞑想に参加しているというヴィジョンを見たそうです。
 私は、実際にそうであってもおかしくないなと思いました。というのは私は過去に何度もそのような存在を見たり感じたり、話しをしたりした経験があるからです。
 ある段階の修行者が、本人が望んだ場合、あるいは神の命によって、死後、この世でもニルヴァーナでもないある霊的領域にとどまり、修行を続けたり、あるいはこの世の修行者の手助けをしたりすることがあるのです。
 このラーマクリシュナの系統では多くの修行者が今まで真剣に修行してきたでしょうから、ヴィヴェーカーナンダもブラフマーナンダも毎朝欠かさず参加していたというこの朝の瞑想会に、死んで霊的存在となった今も参加し続ける修行者がいるとしても、おかしくないことです。

 さて、ベルル・マトはガンガーの岸辺にありますが、河を挟んで対岸を少し行ったところに、ラーマクリシュナが住んでいたカーリー寺院があります。我々は時間を取って一日をこのカーリー寺院周辺でゆっくりと過ごしました。
 今回は初めてここへ来るメンバーも多かったので、まずは皆に主要なポイントを案内しました。ラーマクリシュナや弟子たちが修行したパンチャヴァティ、ラーマクリシュナがヴェーダーンタの修行をして不二一元のサマーディに入った小屋、ホーリーマザーが住んでいた音楽堂などです。そして我々は供物を持ってカーリー寺院に入り、ラーマクリシュナが生涯帰依の対象としたカーリー女神の像、そしてクリシュナとラーダーの像や、シヴァ聖堂などに礼拝しました。

 そしてなんといってもここのメインは、ラーマクリシュナが実際に住み、そして日々信者や弟子たちに教えを説き、そして頻繁にサマーディに入っていたという部屋です。その部屋がまだそのまま残されているのです。
 部屋の広さは20畳近くはあるでしょうか、そこにラーマクリシュナが実際に使っていた二つのベッド(一つは就寝用、一つは信者に教えを説くときに座っていたベッド)が置いてあり、その周りに信者達が座って瞑想したり、礼拝したりしています。
  
 我々も部屋に座り、瞑想しました。
 最初にそこにみんなを連れて行ったとき、その日はあまり時間がなかったので、ポイントをパッパッとみんなに教えるだけで、あとは後日、思い思いに好きな場所で瞑想してもらえばいいな、と考えていました。だから最初は、少し座るだけで、すぐに次の場所に行こうと思っていたのですが・・・・・・
 立てない!・・・・・・

 場所などの環境にとらわれ過ぎるのはあまりよいことではありませんが、しかしそれでも「瞑想に良い場所」というのは確実にあります。本当に瞑想に良い場所というのは・・・まさにこのラーマクリシュナの部屋などがそうなのですが、スッと自然に瞑想状態に引き込まれてしまいます。
 よくヨーガ教室の初心の生徒が「瞑想って何ですか? どうやるんですか?」と質問してきますが、今回、瞑想の意味が、聖地の力によって実感的にわかった生徒さんも何人もいたようです。まさに瞑想は瞑想であって、「その状態」に入らなければなりません。「その状態」というのにももちろんレベルがあるわけですが、このラーマクリシュナの部屋のような場所に座ると、少なくともその入り口あたりには自然に引き入れてくれるのです。
 いや、もっと言うなら、ここは単に「瞑想に良い場所」ではありません。それは私や他のヨーガ教室の仲間達と、このラーマクリシュナとの間の縁、絆にも関わってくることなのですが・・・・・・私はこのラーマクリシュナの部屋に座ると、懐かしく、本当にとても愛しい感覚がわき起こってくるのです。
 そして瞑想していると、立てなくなってしまいます。立ちたくないのです。もったいなくて! 何度腰を上げようと思ったことか! でも立てない! 
 
 しかしそろそろ夕闇が迫っており、日が落ちる前に皆をガートにも案内したかったので、何とか瞑想から立ち上がり、ラーマクリシュナや弟子たちが沐浴したガートに行き、皆でまた沐浴したり、泳いだりしたのでした。

 二日後の自由時間に、私は再びラーマクリシュナの部屋を訪ね、ある程度の時間、座って瞑想しました。この部屋を気に入ったらしいヨーガ教室のメンバーが何人か、同様に長時間座っている姿も見られました。
 このときは私は瞑想しながら、一人号泣していました。誤解を恐れずにいえば、今もそこに、目の前のベッドの上に、シュリー・ラーマクリシュナがいらっしゃることがわかったからです。
 「私は過去世、ここにいた」ということは証明できないことなので、あえて言いません。しかし私の中に、「ああ、タクル(ラーマクリシュナのこと)、あのときはこうでしたね・・・・・・」というような、本当に懐かしい心情がわき起こってきて、ラーマクリシュナと心の中でしばらく会話を交わしていたのは事実です。
 そしてもう一つ・・・・・・実は私は我々のヨーガ教室を、ラーマクリシュナの弟子たちの集団のような、明るく熱心で、神に目覚め、強い愛で結ばれた集団にしたいなとよく思っていたのですが・・・・・・これも誤解を恐れずに書くならば・・・・・・「あ、もともと我々は、同じ仲間じゃないか」という強い思いがわき上がってきて、また涙が止まらなくなってしまいました。
 なんというか、論理的には説明できないのですが、「こうしよう」と思っていたのが、「もともとそうだった」「そうなりたくなくてももともとそうである」というような安心感が生じたのでした。我々はもともと、切ろうとしても切ることのできない、仲間であると。あのときと同じような使命のために、今生もあるのだと。

 さて、この日は時間があったので、ラーマクリシュナの部屋でしばらく瞑想した後も、私は広いカーリー寺院の敷地内の様々な場所を散策しながら、瞑想したりして過ごしていました。

 敷地内を散策していると、敷地の外れの方に、柵で囲われた樹があることに気づきました。ここはカーリー寺院やパンチャヴァティなどが集まっている場所からは少し離れているために、目立ちにくく、あまり人もいません。でもここも聖地っぽい感じです。
 わたしはふと思い出しました。そういえばこのあたりに、「ベルの樹」とよばれるものがあったなと。でも「ベルの樹」がどんな意味を持ったスポットだったのかも思い出せません。とりあえず私はそこへ行ってみることにしました。
 柵で覆われたその樹には、今はカーリー女神が祀ってありました。そして柵の周りで、一人のインド人がボーッと座っており、もう一人は横になって寝ていました。明らかにマイナー感が漂っています笑。
 私も柵の周りの一角に陣取り、座って瞑想に入りました。すると驚くべき事に!――何と素晴らしく瞑想しやすい場所か! ここドッキネッショルのラーマクリシュナ関係の聖地には瞑想しやすい場所がたくさんありますが、個人的にはこの「ベルの樹」は、ラーマクリシュナの部屋に次ぐぐらい、瞑想しやすい、気持ちの良い場所でした。
 そして後でしらべて分かったのですが、ここはラーマクリシュナが修行時代に、タントラの修行をした場所だということでした。ラーマクリシュナは、主要なタントラに書かれている64の修行を――本来はその一つを成就するにも長い期間がかかるのですが――一つの成就に三日以上かかることなく、すべての修行法を短い期間に成就してしまったのでした。そのタントラの修行に没頭したのが、この樹の下だったのです。
 そのような神聖な場所であり、かつ他の場所に比べるとあまり人に注目されなかったということが、この場所の神聖なヴァイブレーションを保存してくれていたのかもしれません。

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