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聖者の生涯「ヴィヴェーカーナンダ」(34)

 ヴィヴェーカーナンダは、自らが種をまいた西洋布教の仕事を視察し、また激励するために、再び西洋に向かう計画を立て、その同伴者として、弟子のニヴェーディターと、兄弟弟子のトゥリヤーナンダを選びました。
 しかしトゥリヤーナンダは、人生のほとんどを瞑想修行に費やし、公の仕事を嫌っていたため、最初はこのヴィヴェーカーナンダの依頼を拒否しました。いくらヴィヴェーカーナンダが論理的に説得しようとしてもなかなか承諾しなかったため、最後はヴィヴェーカーナンダはトゥリヤーナンダの首に手をまわして、泣きながら言いました。
「なあ、君よ。師の使命を果たすために、私が生命を一寸刻みに消耗しつつあることを知らないのか。今、私は師の瀬戸際に立っているのです! あなたは私の大いなる重荷の一部を助けようともせずに見ていることができますか。」

 このヴィヴェーカーナンダの心からの言葉に、トゥリヤーナンダは深く感動し、ヴィヴェーカーナンダとともに西洋に行くことを承諾しました。そして聖典に精通しているトゥリヤーナンダは、ヴェーダーンタの聖典を西洋に持っていくべきかと尋ねると、ヴィヴェーカーナンダはこう答えました。
「ああ、彼らは学識と書物は十分持っていますよ! この前、彼らはクシャトリヤ(武士)を見ました。今度はブラーフマナ(僧)を彼らに見せたいのです。」

 ヴィヴェーカーナンダは、クシャトリヤという言葉で自らの気質を示し、ブラーフマナという言葉でトゥリヤーナンダの気質を示したのでした。

 1899年6月、ヴィヴェーカーナンダ一行を乗せた西洋行きの船が出港しました。この長い船旅の中でヴィヴェーカーナンダは、ニヴェーディターとトゥリヤーナンダに、多くの生き生きとした言葉を語りました。

「悪事さえも男らしく行ないなさい! もしあなたが必要なら悪人になりなさい。スケールの大きな悪人に!」

「私たちが取り除かねばならないのは、利己主義です。私は人生において過ちを犯したときはいつも、打算的になった自我のせいだと思っています。自我が入りこまなかったところでの私の判断は、目標に向かって真っすぐに進みました。」

「戦い、戦い続けなさい。いつもうち破られても。これが理想です! これこそが理想なのです!」

「私自身の理想は、セポイの反乱において、殺害されたあの偉大な聖者です。心臓を突き刺されたとき、沈黙を破って『汝もまた神です』と言った聖者です。」

 7月の末、一行はロンドンに到着し、ヴィヴェーカーナンダは多くの弟子や友人と再会しました。そして八月、今度はニューヨークに向けて出発しました。そしてニューヨークにおいて、ヴィヴェーカーナンダとトゥリヤーナンダは、兄弟弟子のアべーダーナンダと再会し、そして彼ら自身、数々の講演をしたり、クラスを受け持ったりしました。

 あるとき、パサデナのユニバーサリストの教会において、ヴィヴェーカーナンダは「伝道者・キリスト」と題された、のちに非常に有名になった講演を行ないました。このとき、ヴィヴェーカーナンダの近しい信者のマクラウド嬢は、ヴィヴェーカーナンダの周りに後光がさしているのを見ました。
 講演終了後、ヴィヴェーカーナンダは物思いにふけりながら、家路についていました。マクラウド嬢はその少し後ろを歩きながら、師は何を思索しているのだろう、と考えていました。
 すると突然ヴィヴェーカーナンダは、「わかった! わかった!」と叫びました。
「何がわかったのですか?」
とマクラウド嬢が尋ねると、ヴィヴェーカーナンダは答えました。
「マリガトーニー・スープの作り方です。風味用に月桂樹の葉を少し入れるのです。」
 こう言うとヴィヴェーカーナンダは大笑いしました。

つづく

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