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第三章 欲求不満と苦しみ(2)

 餓鬼とは、低い霊の世界にとどまって、その世界を浮遊する霊のことです。
 彼らは、大きな体に小さい手足、
 そして大きく膨らんだおなかを持っていますが、
 彼らの首は細く、そして彼らの口は針の穴のように小さいのです。
 彼らは常に激しい空腹と渇きの渇望に苦しめられています。

 薬草や木、花などは、彼らがそれらを見るとき、萎れてしまいます。
 
 彼らの食物は、不快な食物、悪い食物、あるいは嘔吐物などです。

 たとえ彼らが飲食物を見ても、彼らには、それを食べることができないように見えます。
 あるいは、何かを食べても、おなかの中でそれらが火のように熱く燃えると感じます。
 
 彼らは貧困と恐怖によって苦しめられ、
 そして恐ろしい世界の中で、孤独の苦しみも味わいます。

 空間を浮遊している餓鬼、悪霊などのさまざまな霊的存在 
 彼らの魔的な力によって、妨害されないようにしてください。
 彼らは人間に対して、さまざまなかたちで危害を与えます。
 彼らは人を病気にし、人の人生を危険にさらします。
 
 人間界の時間で五万年もの間、
 彼らはその低い霊の世界で苦しみます。
 
 餓鬼界は、さまざまな悪しき妄想によって成り立つ世界です。
 人は、心の本性を正しく見ることによって、
 このうんざりするような、すべての悪しき妄想を追放するべきです。
 あらゆる妄想の喜びを追いかけることをやめ、
 そこから解放されたとき、
 彼は人生の本当の意義と、心の平和を見つけるでしょう。

 動物界の中で、海に住む生き物たちは、
 お互いを貪り食うという、計り知れない悲惨さに苦しめられています。

 暗黒の深海に住む生き物たちは、熱または寒さで苦しめられ、
 飢えや渇き、そして食べられることを常に恐れています。

 人間の近くにいる、鳥やシカやその他の動物たちは、
 ハンターによって殺されることと、
 他の動物に食べられるという危険にさらされています。

 馬、牛、ヤク、羊、ロバその他の動物たちは
 重い荷を背負わされ、体を打たれることによって、非常に苦しんでいます。
 そして彼らも最後は殺され、人間に食べられたり、皮や骨を奪われたりします。

 動物たちが生まれながらに持つ悲惨さは、認識することが難しいものです。
 たとえば蛇は、昼間は喜びを感じますが、夜は苦痛にさいなまれます。

 ある動物は孤独に苦しみ、
 大部分の動物は、愚かな人間に殺されることと、自分よりも強い生き物に食い殺されることを恐怖しています。

 動物界に生まれた者の寿命は様々で、一定していません。
 ある者はわずか一日で死に、
 中には一カルパ生きる動物もいるともいわれます。

 これらについて考え、
 動物界から解放されることを欲してください。
 繁栄(功徳を積むことによる幸福)と至福(解脱)を目指してください。
 まずは高い世界を目指し、そして究極の境地を目指してください。
 そのために、昼夜を問わず、真理の実践に精進してください。

 

 人間界においても、さまざまなトラブル、悲しみ、戦争などがあり、
 基本的に皆、欲求不満です。
 食物によって苦しむこともありますし、毒によって苦しむこともあります。
 また、状況がさまざまに悪化することで、一層の欲求不満が高まります。

 また、人間界は、
 苦しみそのものの苦しみ、壊れ去る苦しみ、サンスカーラの苦しみという三つの苦しみに加えて、
 八つの計り知れない苦しみに襲われています。
 それは、生まれる苦しみ、老いる苦しみ、病の苦しみ、死の苦しみ、
 嫌な対象と合う苦しみ、
 愛する対象と別れる苦しみ、
 求めても得られない苦しみ、
 そして、総じて色受想行識の五蘊はすべて苦しみであるということです。

 死後、人間に生まれ変わる時、
 心の連続体とエネルギーは、受精卵に集中します。
 そして七日ごとに、卵型、長方形、魚、カメなどの形に変わっていきます。
 
 母が肉体にわずかな苦痛を感じるとき、胎児はものすごい苦しみを味わいます。
 疲労、飢えと渇き、熱さと寒さ、不自由さなどの耐え難い苦しみに耐えなければなりません。
 また、狭い暗闇に押し込められることで、ぞっとするような不快感を味わい続けます。

 第七週目から26週目くらいまでの間に、
 感覚器官、四肢、髪の毛その他が確立されていきます。
 そして36週目までの間に、十分な力が身についてきて、活発に動き始めます。

 その後、母の胎内から外に押し出され、この世に生まれ落ちます。
 それはまさに、死をはじめとするあらゆる災いの始まりです。
 生まれた直後、体に触られると、まるで皮膚をはぎとられたような激しい苦痛を感じます。
 そして体を洗われるとき、まるで体を削られるような苦痛を味わいます。
 

 老いのみじめさは、耐えがたいものです。
 若さは去り、今や何も喜びはありません。
 身体は自由に動かすことができず、杖に寄りかかります。
 そして体の熱は減少し、食物を消化することは困難になります。
 そして、身体の力が減退しているので、歩くことも、座ることも、移動することも、急ぐことも難しくなります。
 あなたは骨と皮ばかりの人になり、あなたが望む場所に着くこともできなくなります。
 感覚も衰えているので、眼はかすれ、もはや見ることができません。
 あなたはもはや音を聞くこともできません。また、においをかぐことも、味を味わうことも、触感を感じることもできません。
 記憶は混乱するようになり、暗い睡眠の中に沈みます。
 人生の楽しみの感覚は弱まり、生きることはほとんど面白くありません。
 おいしい飲食物さえ、まずいもののように見えます。
 寿命が近付くと、あなたは死を恐れるようになり、動揺します。
 子供のように忍耐力が弱くなり、これ以上何にも耐えることができません。
 こうなったら、油が切れそうなランプのようなもので、
 あなたは間もなく他界するでしょう。

 病という苦しみは、非常に耐えがたいものです。 
 体の状態は悪化し、心は不幸に陥ります。
 楽しかったことも不快になり、
 そして、命を失うことへの心配と恐怖は高まります。
 この耐えがたい苦しみに、涙を流して悲嘆します。

 死という苦しみは、さらに大きいものです。
 食物、衣服、会話および睡眠はすべて最後のものとなり
 あなたは、この世の人生も、身体も、付添い人も、親類も、富も、
 すべてを後に残して逝きます。
 あなたは唯ひとりで行くことに恐怖を感じますが、
 もはやこの世にとどまることはできないのです。

 望ましくない人に会うという災いは、
 痛々しいほどに害を及ぼされ、
 傷つけられることの危険と恐怖がつきまといます。

 あなたの最愛の人から、そしてあなたの気持ちの良い場所から切り離されることは
 大きな悲しみと不幸を伴います。
 そしてその後も、それらの楽しかった思い出によって、
 あなたは切望感によって苦しみます。

 欲望を達成できないことと、
 得たものを奪われることは、
 あなたの心に、苦しみを引き起こします。
 飢餓に苦しむ者のように、
 あなたは欠乏感で疲弊し切ります。

 結局のところ
 私たちが持っている五蘊
 ――身体、感覚、概念、サンスカーラ、および識別
 これらのもろさのために
 これらがすべての欲求不満の場であり、根拠であり、起源となっているのです。

 
 このように、この広い人間の世界の隅々まで
 欲求不満が覆っているので、
 人間界も幸せではありません。
 この人間界の苦しみから解放されてください。
 それについて、積極的に考えてください。
 あなたには、この輪廻から解放される方法があるのです。

 阿修羅の世界にも、幸せになるチャンスは全くありません。
 そこにあるのは、無意味な口論と、憎しみ、
 争いと戦争、
 そして、神の華麗さに耐えることができない嫉妬です。
 彼らはそれらによって、繰り返し欲求不満で苦しみ続けるのです。

 したがって、幸せと平和を望む人は、
 今すぐに、そこから解放される方法を実践するべきです。

 欲界の神の世界にも
 計り知れない欲求不満があります。
 欲望の中毒になっている彼らは
 死の時に、大きな苦しみを味わうのです。
 彼らの死の七日前から
 彼らは自分が死んで、天の世界から落下することを知り、恐ろしくなります。
 彼の友人も彼を見捨て、
 彼は孤独の中で、耐えがたい苦しみを味わうのです。
 

 ブラフマ神をはじめとする色界の神も
 彼らの善いカルマが消耗されたとき、低い世界に落ちていきます。
 自らが災いの中に落ちて行くのを知り、彼らは苦しみます。

 カルマが一時的に止まっている無色界も
 そこには一時的な平穏があるに過ぎません。
 彼らの心が動きだしたとき、彼らは再び苦しまなければなりません。

 よって、これらの高位の神々の世界も
 頼りにはならないものなのです。
 あなたがそれらの世界に一時的に達したとしても
 それらの世界からも解脱することを目指さなければなりません。

 このように、輪廻の楽しみにとらわれている者たちすべては
 その炎の穴で燃やされ、苦しめられています。

 天人師(ブッダ)は言いました。
 「私は解脱の道を指し示した。
 しかしそれを実現するかどうかは、君たち次第である。」

 われわれが全く努力をせず、他者の力だけで救われるという可能性は、全くありません。
 もしそれが可能ならば、ブッダとブッダの息子(菩薩)たちから発される慈悲の光によって、輪廻はすでに空っぽになっているはずでしょう。

 したがって、あなたは「努力」という鎧兜をしっかりと身につけなければなりません。
 今こそ、全力の努力によって、解脱への道に出発する時がやってきたのです。

 考えてみてください。
 過去の無数の仏陀たちが、真理を説いてきたにも関わらず
 この状態を改善する努力を何もしなかったために、
 いまだに私たちは、輪廻という架空の存在の中で、孤独に漂流しなければならないのです。
 そして今までと同じように、努力をしなかったならば、
 これからも私たちは、六道輪廻の中で、何度も何度も苦しみ続けるでしょう。

 この巨大な輪廻の悲惨さは
 炎のように耐えがたく、さまざまな変化に富んでいます。
 仏陀が限りない慈悲を発したとしても、
 あなたが低い場所にしがみつき、自ら努力をしなかったならば、
 そこから救われる可能性が、どこにありますか?
 いつあなたは、正しい自尊心と、仏陀への帰依を培うのですか?
 ブッダは、機に応じた適切な手段に精通しており、
 その偉大なる働きは、救済されるべき者のカルマ的な条件によるといわれています。
 したがって今こそ、あなた自身の欠点を認め、
 幸福への道を歩み始めてください。
 この輪廻のみじめさに注意深く心をとめて、忘れないことによって、
 あなたとすべての他の者が、仏陀の慈悲により、
 輪廻から救われる可能性を見出すことができるのです。

 今経験する小さな苦しみにすら耐えることができないなら、
 あなたはどのようにして、この輪廻のあらゆる耐えがたい不幸を耐えることができるでしょうか?
 これらの教えを聞いて、もし少しも心を動かされないとしたら、
 あなたの心臓は、鉄でできているに違いありません。
 または石のように、感情を持たないものであるに違いありません。

 もし心の本性を知ったならば、
 誰がこの、耐えがたいみじめさに満ちた輪廻の世界に、興味を見出すでしょうか。
 したがって今すぐに、この輪廻という架空の存在を征服し、
 心の本性へと到達してください。

 この教えの祝宴によって、人生の真の意味が見出され、
 三界のすべての衆生が、輪廻の苦しみについて認識し、
 真の至福と喜びに到達できますように。

 そして、さまざまな欲求不満によって疲弊し切った衆生の心が
 今日こそ、安らぎと幸福を見つけられますように。

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