yoga school kailas

マルパの生涯(1)

マルパの生涯

――見ることはすべてを達成する――

第一章

マルパの誕生、そして後に聖なるダルマに出会うこと

 偉大なる魂、マルパ・ロツァーワは、ロタク・チュキェル地方のトウォ谷にあるピーサルという場所で生まれました。父はマルパ・ワンチュク・ウーセル、母はギャモ・サ・ドデといいました。彼らは畑と高地の牧草地を持ち、とても豊かでした。彼らには三人の子供がおり、ジェツン・マルパは一番年下でした。まだとても小さいときから、マルパはとても短気で頑固でした。

 父は言いました。

「もし私の息子(マルパ)が道を間違えなければ、彼は、ダルマの道を究めるにしても、世俗の人生を送るにしても、大きな成功を得て、彼自身にも皆にも大いなる利益をもたらすだろう。しかしもし道を誤ったならば、彼自身にも他のどの人にも禍をもたらすだろう。起こりうる利益と危険性を検討すると、初めから息子をダルマに預けたほうがよかろう。」
 
 はじめ、マルパはタルマ・ワンチュクと呼ばれました。彼が12歳になったとき、マルパは地方の教師のもとへと送られました。教師はマルパにチューキ・ロドゥーという名前を与え、マルパはダルマの道に入ったのでした。マルパは読み書きを習い、ずば抜けた聡明さで、すべてを完璧にマスターしていきました。
 しかし彼は大変攻撃的で喧嘩好きだったので、家族はこう言いました。

「この子は大変な害をもたらすだろう。自分自身か我々のどちらかを殺すか、そこまでいかなかったとしても、我々の富や牧草地や家を損なう可能性が大いにある。」

 家の者も外の者も、誰もがマルパについて悪く言い、中傷したので、父は、彼を家から遠く離して、善きグルのもとに学びにやるのがベストだと考えました。父に諭されたマルパは、学生になることを決め、両親に、そのための資金をくれるように頼みました。両親は、「しばらくの間は、ダルマを学ぶための資金としてこれを使いなさい」と言って、プラジュニャー・パーラミター16巻分に足るだけの、ヤク二頭分の紙と、金1サン、銀の大匙、一頭の良い馬、チーク材の鞍、重いシルクの織物一巻を与え、マルパはそれらを持って出発しました。
 ドグミ・ロツァーワというグルが、ちょうどインドから帰ってきたばかりでとても有名になっていたので、マルパは彼に会うためにマンカル地方のニュグ谷の僧院に行きました。ドグミに会うと、マルパはヤク二頭分の紙を布施して、ダルマを学びたいと告げました。マルパはドグミに、アビシェーカと口頭の教えを授けてくれるように頼みましたが、ドグミはそれらを与えませんでした。そこでマルパは、まずはサンスクリット語とインドの口語を三年間学び、これらに完璧に精通するようになりました。

share

  • Twitterにシェアする
  • Facebookにシェアする
  • Lineにシェアする