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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(50)

◎ド・キェンツェーのもてなし

 アムド地方の広大な高原にある、ニェンポ・ユツェ山岳地帯の近くに、主要な聖湖の一つに数えられる湖があり、そこには巨大な遊牧民の野営地があった。そこに張られた白いテントのすぐ近くの周囲には、草をはむ数千匹の羊がいた。
 それは、ド・キェンツェー・イェシェー・ドルジェの野営地であった。彼とドゥドゥプチェン二世・ジグメ・プンツォク・ジュンネーは、羊の大群を引き連れて、遠く離れたカム地方のダルツェドに向かっていた。一年に一度、彼らはあることを行なっていたのだ。
 パトゥルとルントクは、そのラマたちの野営地にやって来た。
 彼らはまず主たるテントに向かい、そこで従者たちが彼らをド・キェンツェーのところへ案内してくれた。白い子羊の皮を身にまとったド・キェンツェーは、近くに拳銃を置いて座っており、寝台の上では数匹の小さな犬が眠っていた。彼の隣には、ドゥドゥプ・ジグメ・プンツォクが、同様に白い子羊の皮をまとって座っていた。
 剃刀のように鋭利な長刀で、ド・キェンツェーは焼いた子羊の肉を薄切りにして、がつがつ食っていた。
 ド・キェンツェーは、パトゥルを見ると大喜びし、絨毯をもってきて、パトゥルが座れるように敷いた。そしてパトゥルとルントクに、座って一緒に食事をするように勧めた。ド・キェンツェーは、従者を呼んで、羊を一匹絞め殺すように言った。そしてその極上の肉をパトゥルのために特別に調理するように命じた。
 さて、パトゥルは普通、自分のために動物を絞め殺させることは決して許さなかった。彼は、どんな生き物にも――とても小さな虫にさえも、決して危害を加えないということで有名であり、仏教の師に捧げるごちそうとして動物を屠殺する慣習には難色を示していた。パトゥルはよく、この慣習をやめるよう人々に呼び掛けていた。かつて、慈悲深き師ブッダの信奉者が、赤らんだ顔に汗をかき その頬を無力な動物の死体の肉から出た血や脂まみれにしているのをみて、パトゥルはショックを受けたと言っていた。
 しかし今、ド・キェンツェーの指示で、選ばれた動物が絞め殺され、その肉が宴のために調理されたのだった。従者が、しっかりと調理されたジューシーな肉汁たっぷりの肉料理を持って戻ってきた。ド・キェンツェーは、一番おいしいところを選んで切り取り、それをパトゥルに勧めた。パトゥルは――いつもの彼らしくなく――それを全部おいしそうにぺろりと平らげた。
 一方、パトゥルの弟子のニョシュル・ルントクは、それを見てゾッとした。絞め殺されたばかりの哀れな羊に対する慈悲の想いに心を動かされ、一口も食べることができなかった。
 ド・キェンツェーは、ニョシュル・ルントクを見てこう言った。

「おお、そうか。お前はきっと、これを食べることができるような人間ではないのだな。それじゃあ、これでどうだ!」

 ド・キェンツェーは、大きな肉の塊を、ニョシュル・ルントクの胸に向かって投げつけ、こう言った。

「お前には、これをくれてやる!」

 嫌々ながら、苦悶しつつも、ニョシュル・ルントクは、ゆっくりと、ド・キェンツェーから投げつけられた巨大な厚切りの肉を、ぜんぶ無理やり胃に押し込んだ。ニョシュル・ルントクには、パトゥルがお祭りムードで、殺されたばかりの羊の肉料理をたっぷりと楽しく堪能しているように見えた。
 食事が終わると、ド・キェンツェーとパトゥルは、楽しそうに情報を交換し合い、さまざまな霊性の事柄について語り合った。パトゥルはド・キェンツェーに、ユムカ・デチェン・ギャルモ(偉大なる至福の女王)の特別なイニシエーションを与えてくださるように懇願した。

「この教えは、何年間も秘密にしてきた。」

 ド・キェンツェーは言った。

「長い間、誰にもこの教えを伝授していない。だが今日、お前にこれを伝授してやろう。」

 ド・キェンツェーはパトゥルに、リパイ・ツァル・ワンと呼ばれる、弟子を純粋なる覚醒の本質へと導くイニシエーションを含んだ、内、外、そして秘密の教えを与えた。そして、パトゥルが八十歳まで生き、彼と関わったすべての者たちを利するであろうという予言をした。
 そして、パトゥルとルントクは暇を告げた。

 数時間歩くと、彼らは小さな丘に到着した。そこから、来た道を振り返ると、広大な高原の牧草地を見渡すことができた。遥か彼方にかろうじて、屠殺業者に売りさばかれるためにダルツェドに向かっている羊の大群が、白い小さな点として見えた。

 パトゥルはルントクに言った。

「なあ、ド・キェンツェーとドゥドゥプ・プンツォク・ジュンネーの御二方は、それぞれが、ジグメ・リンパとドゥドゥプ・ティンレー・ウーセルの真の化身なのだよ。わたしは長い間、お前を教えてきた。長い間、ダルマを説いてきた。だが、お前が死んで、パドマサンバヴァの浄土、栄光なる銅色の山サンドパリに転生できるかどうか、わたしは保証できない。しかし、ド・キェンツェーの祝福の力は、あの羊たちを、一匹の例外もなくすべて、死の瞬間に真っすぐサンドパリへと送るほどのものだ。お前とわたしは、あの羊たちの”一匹”になれて、とても幸運ではないかね?」

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