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シュリーラーマチャリタマーナサ(21)「母のためらい」

「母のためらい」

 一方ヒマーチャルの家では、名伏しがたいほど豪華な幔幕を用意して、行列の到来を待つ。世界じゅうに存在するかぎりの大小の山々が、ヒマーラヤに集まってくる。いちいちそれを説明する暇はとてもない。ヒマーチャルはまた、この世にあらんかぎりの、森、川、池、湖、海にも招待状を送る。招待を受けてそれぞれが、望みどおりに変幻できる精妙な姿を示現して、その姿に最も似つかわしい美女と眷属を伴ってやってくる。各自声を合わせ、愛をこめて婚礼の賛歌を歌う。

 ヒマーチャルは前もって、国中の家々を美しく飾り立てており、賓客はそれぞれに適当な場所を選んで身を落ちつける。都の美しいたたずまいを見ると、創造神の造花の美さえ色褪せて感じられるほどである。荘厳な町並みの景観は実際、創造神の顔色を奪っている。森、庭、花壇、井戸、大池、小池、川など、どれもこれもが比類を絶する美しさ――。

 各家庭の軒先には、最高の慶祝を示す花輪、旗、幟が飾られる。庭先にたたずむ妙齢の美男美女のきらびやかな晴れ姿には、仙人たちまでが心を奪われるほどである。女神が自ら望んで下生されたヒマーラヤの都の素晴らしさを、誰がどのように説明できようか? 都には繁栄、発展、財福、法楽が、常に新しく増進し拡充する。

 花婿の行列がそこまでそこまできているという知らせが届くと、町じゅうが沸き返る。人々の熱狂がまた一段と、町の華やかさを引き立てる。先導役は一分のすきもない装束で身を固め、各種の乗り物を飾り立て、厳粛な面持ちで迎えにでる。天人たちの一行を見つけると、出迎えの人たちの喜びは一気に弾ける。とくにヴィシュヌ神の神々しいお姿が見えたときは、みな大歓声をあげる。しかし、やがてシヴァ様の一行が視界に入ってくると、出迎えの者の乗り物である象、馬、牛などがおそれ、騒ぎ、暴れ出して逃げ始める。

 経験豊かな老人たちは、心を落ちつけて幸うじて踏みとどまるが、年端もいかぬ少年たちは命からがら家に逃げ帰る。両親に尋ねられると、恐怖にがたがた身を震わせながら、早口にまくし立てる。

「なんと言ったらよいか? どうにもこうにも説明はできません。あの花婿の行列は、きっと死神ヤマの手下に違いありません。花婿、これはもう変わり者というほかはありません。牡牛にまたがっています。蛇、髑髏、灰が身の飾りなのです。全身に灰を塗りつけ、蛇としゃれこうべを耳飾りや首輪にしています。丸裸のうえに、縮れた長髪は乱れ放題です。あんな怪物は見たことも聞いたこともありません。不気味な死霊、悪魔、鬼神、食肉鬼、女鬼神、女悪魔などもぞろぞろとついてまいります。あの化け物どもを見てもなお生き延びられたら、幸せというものです。その幸せ者だけが、パールヴァティーの結婚式を見ることになるでしょう。」

 子供のいる家では、妖怪の行列の話で持ちきりである。しかし、それがシヴァ様の一行であることを知る親たちは、やさしい笑みを浮かべながら、

「怖がらんでもよい。ちっとも恐ろしいことはないんだよ」

と、子供たちを諭したり宥めたりする。

 出迎えの先導役が花婿の一行を案内してくる。全員の休息のために、美しい控え室が用意されている。パールヴァティー様の母マイナーは控え室にお祝いの灯明を飾る。侍女たちは華やかな美声を張りあげ、祝いの雅歌を歌う。

 白くて華奢なマイナーの両手には、黄金の灯明皿が捧げ持たれる。門口で花婿の頭上に円を描くように灯明を旋回させて出迎え、パルチャン(献灯)の儀式を行うために、マイナーは歓喜に身を震わせながら出発する。しかし、前代未聞の奇怪な花婿の姿を見たとき、女たちは恐れおののき、あわてふためいて右往左往するばかりである。真っ青になり、ぶるぶる震えて、家のなかに逃げこんで息をひそめる者もいる。仕方なく、シヴァ様は女たちの出迎えを受けないまま控え室に入っていかれる。悲しみにうちのめされたマイナーは、パールヴァティーを呼んで膝の上に座らせ、藍色の蓮華にも例うべき瞳にいっぱい涙をためながら、思いのたけを溢れさせる。

「おまえをこれほどにも美しい容姿に創った創造主が、婿どのをなぜあんなふうに創ったのだろうか? 創造主の気紛れがわたしにはさっぱりわからない。天の宝樹カルパブルクシャの枝に生って当然の美果が、なんの因果で棘だらけの茨の木に・・・・・・。わたしはお前を抱いて、この山の上から転げ落ちたい。でなければ、炎に身を投げて燃え尽きるか、海の飛び込んで溺れてしまいたい。たとえこの家が滅びても、世界じゅうに悪名が広まっても一向にかまわぬ。この目の黒いうちは、お前をあんな化け物に渡そうとは思わない。」

 ヒマーラヤ王国の妃マイナーの嘆き悲しむ姿を見て、侍女たちもみな悲嘆にくれる。マイナーは母親思いのやさしい娘の心根を思って、すすり泣きをはじめ、だんだん大声を放って号泣する。

「ナーラダ仙人も、わたしたちがどんな悪事をしたというのでしょう? ナーラダはわたしたちの家庭をめちゃめちゃにした。妙な入れ知恵をされたおかげで、パールヴァティーはあの変わり者と結婚する気になって、長い長い、厳しい苦行までした。ナーラダには、身寄りも家も財産も妻もないし、おまけに愛も夢も希望もない。世間を嫌って万事に虚無的である。他人の家庭の幸せを平気で壊す。恥も恐れも慎みも知らない。子を産んだこともない者に陣痛の苦しみが分かってたまるものか?」

 母の深い悲しみを思いやり、パールヴァティー様は思慮に富むやさしい言葉で宥める。

「お母様! 創造主の定められた運命は、誰にも避けることができません。運命だと思って、お嘆きにならないでください。わたしの運命に、変わり者と結婚すると書き込まれているのなら、誰を咎めることができましょうか? 創造主が捺された烙印を消すことは、お母様にもできません。後世に汚名を残すようなことだけはなさらないでください。お母様! 祝事に悲しみは禁物です。泣くのはおよしください。いまは悲しむときではありません。わたしの運命に書きこまれたものならば、そのまま黙って受けないわけにはいかないのです。」

 つつましく濃やかな愛情のこもるパールヴァティー様の言葉を聞いていくらか思いなおしながらも、マイナーをはじめ宮廷の女たちは口々に創造主のむごい仕打ちを罵りながら、いつまでも泣き続ける。

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