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シュリーラーマチャリタマーナサ(22)「神の婚礼」

「神の婚礼」

 女たちの嘆きを知ったヒマーチャルは、すぐにナーラダ仙人と北斗七星の精・七賢人を迎えに行く。ヒマーチャルの家に着くが早いか、ナーラダ仙人は一座の者を前にして前世の物語を明かして説得にかかる。

「マイナー! 真実の話を聞きなさい。パールヴァティーは紛れもなく、生類の母、世の母、不生、不滅、不死、不終の永遠の生命なのだ。常にシヴァ様の半身として生きてきた。この娘はまた万物の創造、保護、破壊を司る宇宙の原理そのものである。自在に現世に身を現すことも、身を隠すこともできる。

 前世では創造主ダクシュの家に生まれて、サティーと言った、輝くほどの美貌を授かったが、それでもサティーは大神シヴァ様と結婚した。この話は世界じゅうで知らないものは誰もいない。

 あるとき、シヴァ様と連れだって行く道すがら、ラグ族を蓮華の群生に例えるなら、蓮華を満開にする朝の太陽に見立てられる、ラーマ様を見た。このときサティーは、無残に幻惑されてしまった。シヴァ様の戒めにも耳をかさずに、ラーマ様を試そうとしてシーター様に身を変えた。一時的にせよシーター様に身を変えた罪を悲しんで、シヴァ様はサティーを捨てられたのだ。

 夫に捨てられた悲しみのさなか、父ダクシュの祈祷会に行き、シヴァ様がみなに無視されている様子を知り、サティーはその場で祭火に身を投じて灰と化した。間もなくあなたがたの家に生まれて、シヴァ様との復縁を願って言語に絶する苦行にも耐え抜いた。この結婚にはそんな因縁があるのだ。そこのところをよく考えて、疑いを捨てなければならない。パールヴァティーは久遠の昔から、シヴァ様の最愛の妻であり、分かちがたい半身なのだ。」

 ナーラダ仙人の説法を聞いて、人々の悲しみはすぐに消える。町じゅうはこの話で持ち切りになる。マイナーも雪山の王ヒマーチャルもともに、さっきまで泣いて苦しんでいたのが嘘のように、嬉しさのあまり有頂天になる。王ヒマーチャルと王妃マイナーは娘パールヴァティーの足に額ずいて、何度も何度も礼拝する。町じゅうの人々は、手をとりあい踊りあがって喜び祝う。至るところで祝いの雅歌が歌われはじめる。町の善男善女がこぞって力を合わせ、各種の金の天蓋をこしらえる。料理学の教本に基づいて、山ほどの山海の珍味が用意される。

 世界の母パールヴァティー様が自ら選んで下生された家である。その家の料理の豊かさについて語り尽くせないのは止むを得ない。ヒマーチャルはヴィシュヌ神、ブラフマー神をはじめとする、花婿側の賓客として来訪したあらゆる階層の諸天善神、天人などをひとりも洩れなく、うやうやしく食堂に招じ入れる。食事の席に座る賓客の列は、雲かと粉うばかりである。手なれた給仕人が料理を盛り付ける。美味を堪能しはじめる客人たちを見て、女たちが華やかな美声で親しみのこもる悪口を浴びせて囃し立てる。賓客たちは座興を楽しみ、無常の幸福感に時を忘れる。それやこれやで、食事には長い時間を費やす。供応で盛り上がった一座の法楽は、何千の口をもってしても言い尽くせるものではない。食後全員に水を配り口と手を洗い浄めてもらったあと、口腔洗浄剤パンを渡す。そのあと、案内されてめいめいもとの休息所に帰る。

 控え室に戻ると仙人たちはまず、雪山の王ヒマーチャルに婚礼の吉凶を占う神暦を読んで聞かせる。こうして婚礼の日どりが決められる。次に客人全員を敬意をもって式場に迎え入れ、全員を上質の敷物に座らせる。ヴェーダ経典の定めに則って、正面に祭壇が設けられる。祭壇にはひときわ目を惹く荘重華麗な神座が載る。神座の美しさは筆舌の及ぶところではない。創造神ブラフマー様が手ずから造られたものだからである。祭司たちに一揖し、ラグ俗の主ラーマ様を一心に憶念しながら、シヴァ様はおもむろに神座に座られる。聖仙人たちは、次にパールヴァティー様を招く。全身に宝飾をつけて盛装したパールヴァティ様が、侍女にかしずかれながらはいって来る。このときとばかり女たちは取っておきの祝いの雅歌をいっせいに唱和しはじめる。

 いかにすぐれた詩人でも、このときのパールヴァティー様の美しさを表現できるとは思えない。破壊神シヴァ様の奥方、つまりドゥルガー女神を見て、天人たちは圧倒され言葉もなく密かに礼拝を捧げる。世界の母パールヴァティー女神は、女性美の極致である。その荘厳な容姿は、何千の口をもってもとても讃え尽くせるものではない。

 ヴェーダ経典、サラスヴァティー女神、龍神なども、パールヴァティー様の美貌を賛嘆しようとして力及ばないほどだから、愚鈍なトゥルシーダースなど物の数でもない。貞淑と気品、女性美の理想像、パールヴァティー様はしずしずと幔幕のなかに入って行く。はにかみのあまりに蓮華にも例うべきシヴァ様の御足を正視することができない。しかし心は早くも蜜蜂となって御足という蓮華の台から、心ゆくまで蜜を吸いはじめる。

 仙人たちの勧めに従って、シヴァ様とパールヴァティー様は神座に並んで座り、まずガネーシャ様を礼拝祈念される。ここで、精霊の不生不滅性を信じていただきたい。シヴァ、パールヴァティー夫妻の次子であるガネーシャ様が、両親の結婚前にすでに存在することに誰も疑念を持たないでほしい。不生不滅の精霊の世界では、常に変幻自在、出没自由なのである。

 仙人たちはヴェーダ経典に書かれている規則どおり、婚礼の儀式を忠実に実行される。山脈の王のヒマーチャルは、吉祥草クシャを捧げ持ち、娘の手を取り、もはや愛娘がシヴァ様の奥方になったことを認めて、娘の運命をすべてシヴァ様にお任せする。大神シヴァ様がやさしく新妻の手をとられたとき、インドラをはじめとする天界の住人は手を取りあい、小躍りして喜び祝う。聖仙人たちはヴェーダ賛歌を歌い続ける。天人たちの間では、「シヴァ神万歳」の大合唱がはじまる。無数の伎楽の音が鳴り響き、色さまざまの花の雨が降りしきる。シヴァ、パールヴァティー両神の婚礼は、こうして万事とどこおりなく完了し、天界も地界もあまねく歓喜と福楽に満ち溢れる。

 下男、下女、車駕、象、馬、牡牛、絹布、宝石、金製の鍋などの財物は、花嫁道具である。その贅美はとても口で言い尽くせるものではない。莫大な持参品をシヴァ神に供養してから、ヒマーチャルは合唱礼拝してうやうやしく言上する。

「万福の贈り主、大神シヴァ様! あなたは全能者、すべてのすべてであられます。わたしがいまあなたに何を贈ることができましょうか。」

 ヒマーチャルは蓮華にも例うべきシヴァ様の御足にひしと取り縋ったまま、身じろぎもしない。慈愛心の海シヴァ様は、舅を懸命に宥めいたわれる。愛情で胸が詰まりそうな姑マイナーも、シヴァ様の蓮華のような御足に手を触れて熱心に訴えかける。

「主よ! このウマー(パールヴァティの別名)は、わたしどもにとってかけがえのない一人娘です。どうか、この娘をあなたのお家の婢女になさってください。婢女にあやまちがあっても、なにごとも大目に見てお許しください。いまわたしどもに、喜びをもってご神約を賜りたいのです。」

 シヴァ様はあれこれ言葉をかけて、姑を説得される。マイナーは満足して、シヴァ様の御足に額をつけて礼拝してから、家に戻ってくる。部屋に入ると、マイナーはパールヴァティー様を呼んで膝の上に座らせながら、やさしく諭して聞かせる。

「パールヴァティー。おまえはただただ、命をかけてシヴァ様の御足を拝みつづけなさい。それが夫に仕える妻の努めです。おまえにとって夫こそが唯一の神です。夫以外に神はないのです。」

 そう言いながらも、母の眼はみるみる涙でいっぱいになる。娘の体をなおしかりと胸に抱きしめて言う。

「創造主はなんのために、この世に女という性を創ったのだろうか? 女は隷属する性である。隷属だけでは、夢にも幸せは得られない。」

 あまりに愛おしくて一度は取り乱したものの、すぐいまは悲しむときではないと気を取り直して、母は懸命に心を鎮める。それでも娘を手放しがたくて、何度も何度も足に縋りつき、その上に身をうつ伏せにして覆いかぶさる。愛情のきわまった、この母と娘の別れの情景は、言葉では形容ができない。世の母パールヴァティー様は、女たちの一人ひとりと懇ろに別れを惜しんだのち、また引き返して母の胸にまつわりつく。

 パールヴァティー様はさらにもうひとしきり、最後の名残りを惜しんでから母と別れる。一人ひとりが口々に、花嫁への餞の祝福を贈る。パールヴァティー様はうしろを振り向き振り向き、母の顔を見やりながら先へ進む。侍女たちが半ば引っ張りながら、花嫁をシヴァ様の側へつれて行く。大神シヴァ様は見送りの一人ひとりを心ゆくまで満足させたのち、新妻を伴って住み家のカイラス山へ向かわれる。天人たちは歓喜して花の雨を降らせ続ける。天界からは荘重な伎楽の音が、いつまでも鳴り響く。

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