シュリーラーマチャリタマーナサ(13)「罪のつぐない」
第二章
「罪のつぐない」
サティー様は、いま見たばかりのラーマ様の不思議な神変の相を思い、あまりの恐ろしさに、真実を隠して言う。
「わたしは決して、ラーマ様を試したりはしません。あなたと同じく、ただあの方を拝んでまいりました。あなたのお言葉にいつわりがないことを、わたしは心の底から信じております。」
そのときシヴァ様は、静かにサマーディの境地に入って、妻のしてきた行為をすべて見抜いてしまわれる。貞女の鑑にさえも嘘を吐かせる、ラーマ様の方便による幻影の影響力の強大さにあらためて敬服し、同時に神意のおぼしめしによる運命は避ける術がないとも考えられる。シヴァ様は、事もあろうにシーター様に身を変えて神を試そうとした愛妻の罪を思って、耐えがたい心の痛みを感じられる。
(もしわたしがいまサティーに愛情を注いだら、信仰の道が損なわれ、重大な過ちを犯すことになる。サティーはこのうえなく神性な貞女の鑑である。捨てることはできない。かといって、もはや愛することは許されない。)
口に出してこそ言われないが、シヴァ様の心のなかには熱火が燃えさかっている。シヴァ様は蓮華にも例うべきラーマさまの御足を一心に念じ、うやうやしく礼拝される。するとそのとき、突然
(今後、サティーの体に夫として触れてはならない)
という想念が浮かび、その場で不犯の誓いを立てられる。強靭な意志力の持ち主シヴァ様は、ラーマ様を心に念じながら、常住の住み家カイラス山に向けて出発される。途中、天空からシヴァ様を賛嘆する麗しい歌声が流れてくる。
「おお、大自在天シヴァ様よ! あなたに勝利あれ! 勝利あれ! あなたは信仰を不動のものとされました。あなたの誓いは他者の追随できないものであります。あなたこそ、ラーマ様の真の奉仕者、全智全能の主、至尊の精霊であられます。」
天空から降ってくる声を聞くと、サティー様の心に激しい不安が広がって、恐る恐るシヴァ様にお伺いをたてる。
「主よ! あなたは真理の精髄、慈愛心の海、貧者の救い主であります。いまどんな誓いを立てられたか、わたしにお教えください」
サティー様はあの手この手で聞き出そうとするが、シヴァ様は黙して答えられない。このとき、サティー様はなにもかもシヴァ様に見抜かれてしまったと、観念する。
(わたしはシヴァ様をだましてしまった。愚かで疑い深くて真実から程遠い。なんという女の性の罪深さ。わたしは愛の本質を忘れていた。牛乳もときに水を混ぜて同じ値段で売られることがある。しかし、虚偽という名の酸味が加わるとたちまち分離して、牛乳本来の美味は失われる。愛の道も同じ。)
犯した罪を悔いて、サティー様の心には良心の呵責、底知れない恐怖心が渦巻く。
(シヴァ様の愛は広くて大きい。海にもまして深い。表立ってわたしを咎められなかったのは、そのためだ。)
シヴァ様の表情から、もはや自分が夫に捨てられたことを察し、サティーは絶望の底に沈む。犯した罪の深さを思うと、言葉が一語も出てこない。心は陶工の窯のように烈火に焼かれる。シヴァ様は愛妻の悲しむ姿を見て、心を和らげてやろうといろいろと楽しい話をされる。道々、さまざまな故事来歴を語ったりしながら、シヴァ様はサティー様を伴って常住の住み家カイラス山に辿り着かれる。
シヴァ様は、自分の立てた誓いを思い出して、菩提樹の下で座禅を組まれる。梵行を守り、いつ果てるとも知れない完全なサマーディの境地に入られたのである。サティー様もカイラス山に住みつくが、計り知れない悲しみがある。一日一日が、人の一生よりも長く感ぜられる。ただ、この夫婦の秘密を知る者はまだ誰もいない。
(この悲しみの海をわたしは渡りきれるだろうか?)
という新しい悩みが、ひっきりなしに襲いかかる。
(わたしはラーマ様を冒瀆したばかりか、夫シヴァ様の言葉も信じなかった。その罪の報いは当然である。シヴァ様に見放されたいまもなお、創造主がわたしを生かしておられるのは間違っている。)
サティー様は悲しみを言葉に出しては言わない。聡明な彼女は、ラーマ様を念じながら、心のなかでひそかに語りかける。
(おお、主よ! あなたは弱者の味方だと言われております。ヴェーダ経典にも悲しみを癒やすあなたの徳性が謳い讃えられます。もしそれがほんとうなら、合掌してお願いいたします。一刻も早く、この身に死をお与えください。夫シヴァ様の御足に対するわたしの愛が変わらず、わたしの愛の誓いが心、体、行為をとおして真実でありますならば・・・・・・。すべてをお見とおしの神よ! なにとぞわたしの願いをお聞ききとどけください。いますぐに死を賜りたいのです。生きながらにして夫と離れるという耐えがたい悲しみから、いっときも早く解放していただきたいのです。)
創造主の娘サティーは、絶望的な悲しみに悶えている。とても言葉で言い表せる悲しみではない。しかし報いは果てしなく、そのまま、八万七千年という膨大な月日が過ぎる。