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グル・バクティヨーガ 補遺(9)「グル・クリパー(グルの恩寵)を得る方法」⑧

 われわれが、意欲に満ちたしもべ、熱心で従順な弟子になったならば、グル・クリパーは、請われずともわれわれに流れ込む。これは自然の摂理である。

 しかしわれわれは、グルにグル・クリパーを注いでくれるように指図するという過ちを犯さないようにしなくてはならない。
 なぜならば、われわれは内に、欲望、従来の性質や野心、良し悪し、喜び苦しみ、好き嫌いの観念を持っているからである。――われわれは自分の必要、気まぐれに応じて、都合よくグル・クリパーを適応させようとする。

 グル・クリパーは、不快な形でやってくるかもしれない。
 一連の失望の形でやってくるかもしれない。
 われわれはそれを見て、グルはわれわれにグル・クリパーを授けてくださらない、と思ってしまうだろう――しかし、その失望そのものが彼の恩寵なのだ!
 多くの物事は、外見的には良く、楽しく見えるかもしれない――しかしわれわれ自身の魂によっては苦痛の場合がある。グルだけが、それを理解し、ジャッジしてくださる。
 優しく注意深い母のように、彼はわれわれに見せかけだけの残酷な失望を経験させることで、われわれの煩悩を断じさせる。
 それはグル・クリパーの最高の現れであり、われわれの道におけるすべての障害と危険を取り除き、われわれをサチダーナンダの意識へとさらに近づけてくれる。
 われわれには、自分がグル・クリパーを受ける準備ができているか否か、それがどのようなフォームを取るのかをジャッジする資格はないのだ。

 最高のことは、謙虚になってグルにすべてをおまかせすることである。

「私は、自分が弟子であるかどうかさえ知りません。ゆえに、ああ、慈愛と慈悲の大海よ、どうか、私を本物の弟子にしてください。私の中に、私を弟子にし、私に力強い服従の精神を与えてくれるムムクシュトヴァを生じさせてください。私があなたのご指示に従うことができるよう、お助けください。あなたによって定められた鋳型によって私が自分自身を形作れるよう、お力添えをください。」

――これを常なる祈りとしなければならない。

 これによってのみ、われわれはグルの恩寵をいただき、この人生を実りあるものとすることができるのだ。
 そして、祈りの完璧な道は、本物の弟子になれるように最善を尽くすことである。

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