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アーナンダマイー・マー(3)

 ニルマラーとボーラーナートは、最初のころ、アスタグラーマの、サーラダ・サンカル・センという人の家に住んでいました。そしてニルマラーのすばらしい霊性の高さを最初に『発見』したのは、センの義理の兄弟である、ハラ・クマール・レイでした。
 ハラ・クマール・レイは、教養はあるけれども情緒不安定な人でした。彼は、宗教的熱情に襲われ、彼の仕事(何らかの事務の仕事)を満足に遂行できないということがしばしばありました。

 ハラ・クマール・レイが初めてニルマラーに会ったとき、彼は『マー(母)』と言って、無意識のうちに地面にひれ伏しました。
 そのとき以来、ハラ・クマール・レイは、事あるごとにニルマラーの役に立とうとし、そしてついには、ニルマラーに毎日お会いすることを許可してほしいと、ボーラーナートに懇願しました。毎日彼女と話をし、また彼女のプラサードを受けたかったためです。
(※一度神や聖者にささげられた食事のお下がりはプラサードと呼ばれ、神聖なものとされます。)

 ボーラーナートはこれを受け入れ、ニルマラーに対しても、彼にプラサードを与えるようにと言いました。

 ある日、ハラ・クマール・レイがニルマラーに対して深い敬意を示しているとき、突然彼は、次のような予言的な言葉を叫びました。
『今私があなたを「マー(母なる神)」と呼んでいるように、いつか全世界があなたをそう呼ぶときが来るでしょう!』

 このアスタグラーマの地で、ニルマラーが普通の人間ではないと気づいたのは、ハラ・クマール・レイだけではありませんでした。ボーラーナートの友人の一人であるクシェートラ・モーハンも、ニルマラーにひれ伏し、ニルマラーのことをドゥルガー女神であると言いました。

 また、あるとき村人たちとともに神への賛歌を歌っている間に、ニルマラーが至福のサマーディの超意識状態に入ってしまいました。当然、村人たちの目はニルマラーにひきつけられ、ニルマラーが普通の人間ではないということに、多くの人が気づき始めたのでした。

 1916年、アーナンダマイー・マーは重病にかかったため、彼女の両親が住んでいたケーオーリアーの近くのヴィディヤクトという場所に移り住みました。

 ここでの一つのエピソードは、マーが、本当の至福のサマーディ状態と、擬似的なトランス状態との違いを明確に見極めることができることを証明しました。
 マーのいとこのアンナプールナが、サマーディのようなこん睡状態に入りました。無智な村人たちは、アンナプールナを聖女だと思い、崇拝し始めました。
 しかしマーが自らも至福のサマーディ状態に入りながらアンナプールナに会ったとき、彼女は至福のサマーディに入っているわけではなく、夫が不在であることからくる悲しみにより、トランスのような状態になっているだけだということがわかりました。
 そこでマーは、アンナプールナの耳元で、
『あなたの最愛の人からの手紙が、まもなく届くでしょう』
とささやいたところ、アンナプールナはトランスから覚め、通常の意識状態に戻ったのでした。

 後年にもマーは、一見聖者に見える人がトランスに入っているときに、それが本当のサマーディではないことを見抜き、通常の意識に戻すことを行ないました。そして聖人ではない人がサマーディに入った振りをする、いわゆる霊的な詐欺について、人々に警告を発しました。

 マーは1918年までヴィディヤクトにとどまり、その後バジートプルというところで再びボーラーナートと一緒に暮らし始めました。このバジートプルにおける、1918年から1924年までの6年間は、マーの人生の中で、『サーダナの遊び』と呼ばれる時期でした。この時期、マーはサーダナ(解脱・悟りのための修行)に励み、さまざまな経験をしました。

 通常、われわれのような普通の人間や、道の途上の修行者が、今生において解脱や悟りを得ようとするとき、肉体を持った師の存在は不可欠です。弟子は師についてさまざまな指導と試練を与えてもらい、自己のカルマを浄化し、修行のステージを上がっていくのです。
 一方、もともと完成者として、世の人々を救うために地上にやってきた神の化身たちの場合は、本来は師を必要としません。しかし一応、師に弟子入りする形をとり、成就していくパターンと、一切他人に師事することなく、自己の内側の声だけを聞いて成就していくパターンと、両方あるようです。

 たとえばラーマクリシュナやパドマサンバヴァなどは、本来はもともと完成された魂でしたが、後の人への模範を示すため、何人かの師につき、修行をし、成就のステージを示していったといわれています
 
 そしてアーナンダマイー・マーの場合は、明らかに後者のタイプでした。マーには明確な人間の師がおらず、また、経典なども読んだことがありませんでした。サーダナのさまざまな段階を、マーは、ただ自分の内側から聞こえてくる声に従って、修行していったのです。

 この時期、夜になると、マーはさまざまなマントラを唱えていました。また、さまざまなアーサナを行なっている修行者たちの道場の隅に、マーが座っているのが見かけられました。

 これについてマーは次のように言っています。

「サーダナのさまざまなステージがこの体を通して明らかにされていたとき、さまざまな経験をしました。
 時々、『このマントラを繰り返しなさい』という声をハッキリと聞きました。そこで私が『何のマントラですか?』と聞くと、『ガネーシャのマントラです』とか、『ヴィシュヌのマントラです』などと、その声は答えるのです。
 あるときは、私の中にふと、『この声の主は、どんな姿をしているのかしら?』という疑問がわきました。そうしたらすぐに彼は、自らその姿をあらわしたのです。
 こういう具合に、あらゆる疑問や質問が私の中にわくたびに、すべては迅速な答えによって対処されました。そのようにして、全ての疑いや不安は、即座に消滅していったのです。
 またあるとき、その声は、『今日からあなたは、誰に対してもお辞儀をしてはいけません』と言いました。『あなたは誰ですか?』とたずねると、その声は、『あなたのシャクティです』と答えたのです。
 私は、私の中に、時に応じて私を導いてくれる、いくつかのタイプのシャクティがいることを知りました。こういうことがサーダナの各段階で起こり、真理の悟りが段階的に明らかになっていったのです。
 しばらくして、私の内側からこういう声が聞こえてきました。
『あなたは誰に従いたいと思うのですか? あなたは「すべて」です。』
 これを聞いて、すぐに私は、この宇宙のすべてが、私自身の現われであることを理解しました。
 そうして、部分的な悟りは、完全なる叡智に変わりました。そしてこの世のすべてのさまざまな現われの源である「唯一の実在」である、自分の本性を発見したのです。」

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