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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第一回(2)

 はい。そして、「ブッダのダルマは聞き難い」――はい。これはさらにその今言ったような、非常に生まれるのが難しい人間に生まれたとしても、そこに仏陀のダルマ、つまり真理の教えというものがなかったら、当然修行はできない。で、その真理の教えというものに出合う確率も非常に難しいっていうかな。非常に小さいと。しかしわたしは――まあここでは、だからあとの方でもうちょっと細かい分析が出るんですが、ここでは二つだけ条件をあげてね、難しい人間の体をまだ得てると。そして難しい真理との出合いも得ていると。ね。まずこのような素晴らしいチャンスに出合ってると。

 「この身体、今生のこのチャンスにおいて解脱しなければ、さらにいずれかの生において解脱することは難しい」と。ね。これはいつも言ってるように、こんだけ条件がいいときに解脱を得られなかったら、これらの条件が外されたときに当然解脱するのは難しいですよと。ね。だからわれわれは今与えられたこのチャンスが――まあ皆さんね、細かいこと言えばいろんな不満があるでしょう。例えば、「こうだから修行できないんです」と。いろいろあると思うんだね。でもね、よく考えてみてください。あの、不満はね、いくらでも言えるんです(笑)。人間って面白いもんで、どんな状況にいたって不満を言います。例えばですよ、今十個不満がある人がいたとしますね。その人の十個の不満の五個片付けたとしますよ――五個解決しました。そうしたら絶対次の五個探します(笑)。つまり十個不満を持つ人は、どこに行っても十個不満を持つんです。あるいは五個不満を持つ人は、どこに行っても五個不満を持つ。これは非常に本質的でないっていうか、そこにとらわれてること、あるいはそれを絶対視すること。つまり、「わたしはこうだから修行できない」――これは絶対的な条件ではなくて、皆さんの心が作り出した逃げの考えなんだと。もしくは皆さんの中の魔の働きだと考えてください。皆さんの魔っていうのは、いろんな理由をつけて、自分が修行しない方にしない方に、自分を持っていこうとします。それは魔です。
 あのね、もっとこう、なんていうかな、逆にさ、もっと悪い状況を考えてみるといいね。もしくはさ、人生の中で何かすごく苦しいことがあったりとか、あるいは修行を本当にできないような条件があったことが過去にあった人はね、そのことを想像してみるといい。それに比べたら、今のわたしはどうだろうかと。あるいはいろんな世間とか、あるいは想像できる限りの、修行できないような状況っていうのを考えてみてね、それに比べたらどうだろうかと。
 まあ例えばですよ、世の中には目が見えない人がいる。わたしは目があると、今。よって、十分にその本を学ぶこともできる。あるいは耳が聞こえない人がいると。わたしは耳が聞こえるじゃないかと。つまり、十分わたしは教えを聞く条件を得ていると。あるいは足のない人もいると。わたしは足があると。蓮華座がだから組めると。ね(笑)。蓮華座によって、悪い地獄のカルマをね、破壊することもできると。ね。あるいは、わたしには多くの時間もあるし――つまりその、なんていうかな、わたしよりももっと多くの修行ができないような条件にある人がいて、あるいはわたしにも例えばちょっと条件が変われば、もっともっと悪い条件になる可能性はいくらでもあって、その可能性からみると、今のわたしの置かれてる状況っていうのはなんて恵まれてるんだろうかと。そう考えなきゃいけないんだね。
 もし、この状況で全力を出さないとしたならば、もっと状況が悪いときに全力を出せるわけがない。こんなにも恵まれた状況で修行できない者が、もっともっと例えばカルマが悪くなって、修行しづらい状況になって修行できるわけがないと。ね。こういうふうに考えなきゃいけない。これがこの部分ですね。それはだからしっかりと何度も何度もね、こういうことを学んで自分を鼓舞しなきゃいけないところだね。

 はい。そしてそのあとは、三宝帰依の詞章ですね。「私は衆生とともに、三宝に心から帰依したてまつります。」――そしてこの「衆生と共に」っていう言葉が入ってるのは、これがまさに、菩薩の教えたるゆえんなわけだね。普通はここに「衆生と共に」って入らない。つまり、「わたしは三宝に帰依したてまつります」でいいわけだけだけど、菩薩行っていうのは、まさに自分だけではなくて、衆生と一緒に――つまり別の言い方をすると、衆生を引っ張って、自分と縁のある者たちを引っ張って、「さあ行きますよ」という道なわけですね。だから必ず「衆生と共に」と。「私はブッダに帰依したてまつります。衆生とともに、菩薩の道を理解して、無上の菩提心を発こします」と。「私はダルマに帰依したてまつります。願わくば衆生とともに、深くダルマを理解して、智慧の海の如くになりますように。私はサンガに帰依したてまつります。願わくば衆生とともに、苦しむ衆生を導き、すべての障害を取り除きますように」と。ね。このような祈りをしなきゃいけないわけですね。
 はい。じゃあここまでは特に質問はないかな? はい。じゃあ次いきましょう。

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