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「戦い終えて」

(50)戦い終えて

☆主要登場人物

◎ドリタラーシュトラ王・・・クル兄弟の父。パーンドゥ兄弟の叔父。生まれつき盲目。
◎サンジャヤ・・・ドリタラーシュトラ王の御者。
◎ヴィドラ・・・ドリタラーシュトラ王の主席顧問。マハートマ(偉大なる魂)といわれ、人々から尊敬されていた。
◎ユディシュティラ・・・パーンドゥ兄弟の長男。クンティー妃とダルマ神の子。
◎ビーマ・・・パーンドゥ兄弟の次男。クンティー妃と風神ヴァーユの子。非常に強い。
◎アルジュナ・・・パーンドゥ兄弟の三男。クンティー妃とインドラ神の子。弓、武術の達人。
◎クリシュナ・・・パーンドゥ兄弟のいとこ。実は宇宙に偏在する至高者の化身。
◎ガンダーリー妃・・・ドリタラーシュトラ王の妃。クル兄弟の母。生まれつき盲目である王への操の証として、生涯、眼に包帯を当てて、何も見えない状態ですごしていた。
◎ドゥルヨーダナ・・・クル兄弟の長男。ビーマに殺された。
◎ドゥッシャーサナ・・・ドゥルヨーダナの弟の一人。クンティー妃を公衆の前で辱め、その恨みでビーマに殺された。
◎シャクニ・・・ドゥルヨーダナの叔父。ドゥルヨーダナの代理としてユディシュティラとさいころ賭博で対決し、パーンドゥ兄弟を追放においやった張本人。
◎クンティー妃・・・故パーンドゥ王の妻。パーンドゥ兄弟の母。
◎ドラウパディー・・・パーンドゥ五兄弟の共通の妻。

 クルクシェートラの大戦争は終わりました。パーンドゥ軍が勝利をつかみましたが、両軍とも、ほとんどの兵士たちが戦死しました。
 
 ハスティナープラは、悲しみの町になりました。夫や親兄弟を戦争で失った女性や子供たちの泣き声が、町中に満ちていました。

 ドリタラーシュタラ王は、数千人の未亡人と共に、クルクシェートラの戦場跡に行きました。王は、過ぎ去った事件や亡くなった人々のことを思って、大声をあげて泣き続けました。

 サンジャヤは王に言いました。
「王よ。残された人々に慰めの言葉をかけても、彼らの悲しみは消えません。数千もの王たちが、あなたの息子のために命を捨てたのです。今は、死者のための葬儀を執り行なうのが、あなたの役目ではありませんか。」

 賢明で善良なヴィドラも、こう言いました。
「戦死した人々を嘆くのは正しくありません。魂が肉体から離れたとき、兄弟とか、息子とか、親戚とか血縁というものは関係なくなるのです。あなたの死んだ息子さんたちも、すでにあなたとは何の関係もないのですよ。血縁は肉体上の関係ですから、肉体の死と同時に終わるのです。こんなことは魂の永遠の生活における、ごく小さな事件にしか過ぎません。生き物はどこからともなく来て、死と共にどこへともなく消えていく。泣いてみても仕方がないことです。
 立派に自己の使命を果たして死んだ人は、天界に生まれ変わります。過去を嘆いていても、何も得られるものはありません。」

 聖者ヴィヤーサも、王にこう言いました。
「生きとし生けるものはすべて、必ず死ななければならない。
 私が直接ヴィシュヌ大神からお聞きしたところによると、今回の大戦争は、重くなりすぎた地球のカルマを軽減するためのものだったのだそうじゃ。だからこそ、誰も防止できなかったのじゃ。
 これからは、ユディシュティラを自分の息子のように考えて、彼を愛しなさい。そうして悲嘆を静め、生きることに耐えていくのじゃ。」

 ユディシュティラは、ドリタラーシュトラ王の前に行き、恭しく頭を下げました。ドリタラーシュトラ王は彼を抱きしめましたが、息子たちを全滅させられた悲しみの中にいる王としては、それは愛のない抱擁でした。

 次にドリタラーシュトラ王は、ビーマを抱擁しようとしました。そのとき賢明なクリシュナは、ビーマをどかせて、鉄の人形を、王の前に置きました。盲目の王は、そうとは知らずにその人形をビーマと思って抱きしめました。しかしそのとき、ドゥルヨーダナをはじめとして自分の多くの息子たちを殺したビーマへの強烈な怒りが湧き起こってきてしまい、つい腕に力が入ってしまいました。老いたるとはいえドリタラーシュトラの怪力はものすごく、その鉄の人形を粉々に粉砕してしまったのでした。
 われに返ったドリタラーシュトラ王は、
「しまった! 私の怒りが私の心を裏切って、愛すべきビーマを殺してしまった!」
と叫びました。
 しかしクリシュナは王に言いました。
「王よ、こういうことになると思ったので、私がビーマの代わりに、鉄の人形を置いたのです。ご安心ください。あなたはビーマを殺していません。今、鉄の人形を粉々にした行為で、どうか、あなたの怒りをやわらげてください。」

 ドリタラーシュトラは少し心を落ち着けて、改めてビーマを優しく抱擁しました。

 聖者ヴィヤーサは、ガンダーリー妃に言いました。
「王妃よ、パーンドゥ兄弟を怒ってはいけない。戦争が始まるとき、そなたはこう言ったではないか?――『ダルマのあるところに、必ず勝利があります』と。その通りになっただけのことじゃ。過ぎ去ったことに心を止めて、怒りを増長させてはいけない。今こそ、そなたの偉大な堅忍不抜の精神を発揮しなさい。」

 ガンダーリー妃は答えました。
「聖者よ。私はパーンドゥ兄弟の勝利をうらやみはしません。でも息子たちの死は、私から理性を奪ってしまったのは事実です。
 一族を滅亡させたのは、ドゥッシャーサナやシャクニなのです。アルジュナやビーマのせいではございません。『高慢』がこの戦争を引き起こしたのであって、当然の報いとして、息子たちはこんな運命にあったのです。これについては愚痴をこぼすつもりはありません。
 でもただ、納得のいかないことがあります。その場にクリシュナもいらっしゃったのに、ビーマがあろうことかドゥルヨーダナの足を攻撃して殺してしまったというのではありませんか。こんなことってあるでしょうか。ひどいと思います。これだけは許せないのです。」

 これを聞いて、ビーマは言いました。
「私はそうすることによって、かろうじて助かったのです。なにとぞ私をお許しください。あなたの息子さんは剛勇無双で、とても私には勝ち目はなかったので、助かりたい一心で、悪いとは知りつつもやったことなのです。どうか私をお許しください。」

 ガンダーリー妃は言いました。
「戦争に参加した私の多くの息子たちのうち、たった一人でも生きて残しておいてくれたらねえ・・・
 ところで、ユディシュティラはどこにいます? 呼んでください。」

 これらの会話を聞きながら、ユディシュティラは身を震わせていましたが、両手をぎゅっと握り締めて、ガンダーリー妃に近づきました。そして丁重に礼をしてから、優しい口調で言いました。
「王妃よ、あなたの息子たちを殺した残酷なユディシュティラが、あなたに呪われて当然なユディシュティラが、参りました。大罪を犯した私を、どうぞ呪ってください。命も領土も、もう私にとってはどうでもよいのです。」
 こう言いながらユディシュティラは地面に体を投げ出して、ガンダーリー妃の足に触れたのでした。

 賢明で善良なガンダーリー妃は、怒りを抑えてパーンドゥ兄弟を祝福し、彼らをクンティー妃のもとへと送りました。

 そしてガンダーリー妃はドラウパディーのほうを向き、自分と同様にすべての息子たちを殺されて悲嘆にくれている彼女にこう言いました。
「悲しまないでくださいね。この世ではあなたと私を慰められる人は、誰一人いないのですから。私が至らなかったばっかりに、この偉大な一族が滅亡してしまいました。」

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