「悪友に献身してはならない」
◎悪友に献身してはならない
「空の見解を捨ててはならない」。つまり一切は空である――「え? そんなことないんじゃない?」っていうふうにその考え方を変えてはいけないよと。
「悪友に献身してはならない」。これは分かるね。つまり情とかによって――これはまさに「間違った慈悲」っていうやつだけど、間違った情とか間違った慈悲によって、悪友の手助けをする。それによって誰のためにもならない。その人も悪くなるし、自分も悪い影響を受けるし、みんなも悪い影響を受けるようなことを手伝ってはいけない。
◎一日六回、空の見解を呼び起こさなければならない
「一日六回、空の見解を呼び起こさなければならない」。これは簡単にいうと、いろんな方法があるだろうけど、一切は空であるっていうことを、それは本を読むのでもいいし、瞑想するんでもいいし、それを一日六回時間を決めて、必ず呼び起こしなさいと。
つまりさ、「一切は空である」っていうのは絶対的な教えなんだけど、われわれが本当に例えば深い瞑想に入って、「あ、本当にすべては実体がない」――こういうふうに思うことはあるだろうけど、ほとんどの場合はそれは忘れている。何でかっていうと、日常生活に溶け込まなきゃいけないから。
日常生活でも空だって思いながら実践できれば、それは最高です。でもそれができないまでも、一日六回は、一切は空だっていう方に心をいったん引き戻すんだね。それであまりにもその偽りの世界、幻の世界にはまってしまわないようにする。
これは、そうですね、やりたい人はやったらいいと思う。自分で時間を決めてね、一日六回。だから四時間に一回、時間を決めて、まあ自分のやり方でいいと思うけど。すべては空だと。すべては実体がないんだっていうことを深く考えるとか。あるいはそれが書いてあるような教えを読むとかっていうことですね。
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