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「ユディシュティラの問答」

(29)ユディシュティラの問答

◎ユディシュティラ・・・パーンドゥ兄弟の長男。クンティー妃とダルマ神の子。
◎ビーマ・・・パーンドゥ兄弟の次男。クンティー妃と風神ヴァーユの子。非常に強い。
◎アルジュナ・・・パーンドゥ兄弟の三男。クンティー妃とインドラ神の子。弓、武術の達人。
◎ナクラ・・・パーンドゥ兄弟の四男。マードリー妃とアシュヴィン双神の子。非常に美しい。剣術の達人。
◎サハデーヴァ・・・パーンドゥ兄弟の五男。マードリー妃とアシュヴィン双神の子。
◎ドゥルヨーダナ・・・クル兄弟の長男。パーンドゥ兄弟に強い憎しみを抱く。
◎ドラウパディー・・・パーンドゥ五兄弟の共通の妻。
◎カルナ・・・実はパーンドゥ兄弟の母であるクンティー妃と太陽神スーリヤの子だが、自分の出生の秘密を知らず、ドゥルヨーダナに忠誠を誓う。

※クル一族・・・盲目の王ドリタラーシュトラの百人の息子たちとその家族。
※パーンドゥ一族・・・ドリタラーシュトラの弟である故パーンドゥ王の五人の息子たちとその家族。パーンドゥの五兄弟は全員、マントラの力によって授かった神の子。

 パーンドゥ一家の放浪の12年目がまもなく終わろうとしていたある日、一匹の鹿が、貧しいブラーフマナの火臼に角をこすりつけていると、角が火臼に引っかかって抜けなくなってしまいました。驚いた鹿は荒れ狂って、角に火臼を引っ掛けたまま、森の中へと走って逃げていってしまいました。

 祈りのときに火をおこして使う大事な火臼を鹿に持っていかれてしまったブラーフマナは大変困り果てて、パーンドゥ兄弟に助けを求めました。

 パーンドゥ兄弟は早速その鹿を追いかけましたが、鹿はものすごいスピードで森の奥へと逃げ失せ、とうとう見失ってしまいました。
 疲れきったパーンドゥ兄弟は、森の中で座り込みました。
「こんなわずかなことでさえ人のためになってやれないなんて、私たちも堕ちたものだなあ。」
と、ナクラが悲しげに言いました。

 ビーマも言いました。
「まったくだ。ドラウパディーが賭博場に引きずり込まれたとき、俺たちはあの悪者どもを殺すべきだったんだ。それをしなかったばかりに、こんな惨めな状態になったんだよ。」

 アルジュナもまた言いました。
「カルナの下品で侮辱的な大法螺を、私は辛抱して黙って聞いているばかりで、何もしなかった。だから、こんな哀れな有様になるのも当然なのだ。」

 ユディシュティラは、兄弟がそろって意気消沈してしまったのを見て悲しくなり、何とか彼らの気持ちを引き立たせる必要性を感じました。しかしその前に、みな、森を走り回ってのどがからからだったので、ナクラにこう言いました。
「弟よ。木の上に上って、どこかに池や川がないか、見てくれないか?」

 ナクラは言われたとおりに木の上に上って見渡すと、さほど遠くないところに池があるのが見えました。そこでユディシュティラはナクラに水を汲んでくるように命じ、ナクラは池に向かいました。

 池についたナクラは、とてものどが渇いていたので、まず自分が池の水を飲み、その後で水筒に池の水を入れて、兄弟たちに持って帰ろうと考えました。
 しかし池の水に手を浸したとたん、どこからともなく声が聞こえてきました。
「待て、マードリーの息子よ。私の問いに答えてから、その水を飲むがよい。」

 ナクラは驚きましたが、どうしようもなくのどが渇いていたので、そのまま水を飲んでしまいました。するとナクラは意識を失い、その場に倒れてしまったのでした。
 
 ナクラがなかなか戻ってこないので、ユディシュティラはサハデーヴァに、様子を見に行かせました。サハデーヴァは池のところに行くと、ナクラが倒れているのを見つけました。サハデーヴァは驚きましたが、あまりにものどが渇いていたので、まずは水を飲もうと、池の中に手を入れました。するとまたもや、声が聞こえてきました。
「サハデーヴァよ。これは私の池だ。私の問いに答えてから、のどの渇きを癒しなさい。」

 しかしサハデーヴァもこの声を無視して水を飲んだところ、意識を失って倒れてしまいました。

 サハデーヴァも戻ってこないので、ユディシュティラは今度はアルジュナを行かせました。アルジュナは池のそばで、ナクラとサハデーヴァが倒れているのを見つけました。アルジュナは、きっとこの二人は敵にやられてしまったのだと思い、悲しくなりましたが、あまりにものどが渇いていたので、とりあえず水を飲むことにしました。するとまた声がしました。
「水を飲む前に、私の問いに答えよ。これは私の池だ。私の言葉に従わないと、弟たちと同じ目に合うぞ。」

 アルジュナは猛烈に怒って、声のするほうに向かって言いました。
「お前は何者だ! 私の前に出て来い! 殺してやるぞ!」

 そして声のする方向へ矢を向けました。

 しかしその声は、アルジュナをあざけるように言いました。
「お前の射る矢は、私を傷つけることはできない。私の問いに答えてから、存分に水を飲むがいい。さもないと、お前は死ぬぞ!」

 アルジュナは大いにいらだち、必ずこの敵を捕まえてやろうと思いましたが、そのまえにとにかくのどの渇きを癒そうと思い、水を飲むと、弟たちと同じように、意識を失って倒れてしまいました。

 アルジュナまでもがなかなか帰ってこないので、心配になったユディシュティラは、とうとうビーマを池に向かわせました。池のほとりで弟たちが倒れているのを見たビーマは、怒りと悲しみでいっぱいになりました。ビーマは思いました。
「これはきっと、鬼神たちの仕業に違いない。よし、狩り出して殺してやるぞ。
 しかし本当にのどが渇いた。まずは水でのどを潤してから、戦をおっぱじめるとしよう。」

 するとまた声がしました。
「ビーマ、待て。まず私の問いに答えよ。水を飲むのはその後だ。私の言葉を無視すると、お前は死ぬぞ。」

 しかしビーマもまた無視して水を飲み、意識を失って倒れてしまいました。

 ビーマさえも帰ってこないので、ユディシュティラは耐えがたい不安とのどの渇きを抱えつつ、自ら池へと向かいました。
 そして四人の弟たちがみな倒れているのを発見すると、ユディシュティラはあまりに悲しくなって、泣き出してしまいました。
 ユディシュティラは弟たちの頬をたたきましたが、何の反応もありません。ユディシュティラは悲嘆の声をあげました。
「兄弟で誓ったことは、みな、むなしくなってしまうのか? 追放の期間がもうすぐ終わろうとしているのに、お前たちは永遠の眠りについてしまった。ああ、私は神々にも見捨てられたのか!」

 しかし少し落ち着いてくると、ユディシュティラは、どうしても納得いかない気持ちになってきました。
「これはどう考えても、普通の出来事ではない。そもそもビーマやアルジュナに打ち勝てる戦士など、この地上にいるはずがない。しかも彼らの体には、致命傷のようなものは見当たらない。顔も非常に安らかで、断末魔の苦しみのあとは見受けられない。それに、殺人者の足跡もない。
 何か不思議な力が働いているのだろうか? それとも誰かが水に毒でも入れていたのだろうか?」

 するとそこへ、また例の声が聞こえてきました。
「お前の弟たちは、私の言葉に従わなかったので死んだ。お前は彼らと同様にしてはならない。まず私の問いに答えてから、水を飲んで渇きを癒すがよい。この池は私のものだ。」

 これは何らかの神霊の仕業に違いないと、ユディシュティラは考えました。そしてその声に向かって言いました。
「どうぞ、質問してください。」

 こうして、そのなぞの声と、ユディシュティラの問答が始まりました。

「毎日、太陽が輝くのは何によってか?」
「それはブラフマンの力です。」

「あらゆる危険から人を救うものは何か?」
「勇気です。」

「どんな学問をすれば人は賢くなれるのか?」
「どんなにすばらしい聖典があっても、書物を学んだだけでは賢くなれません。偉大な智慧を持つ人と接触することによって、人は智慧を得て賢くなるのです。」

「風よりも動きの速いものは何だ?」
「心です。」

「旅人の助けとなる友は何か?」
「博識です。」

「人が死ぬとき、ついていくものは何か?」
「ダルマです。死後の一人旅をするにあたって、これだけが魂についていきます。」

「幸福とは何か?」
「善い行ないの結果です。」

「何を捨てたならば、人は誰からも愛されるのか?」
「高慢です。慢心を捨てれば、皆から好かれます。」

「失うことによって悲しみではなく喜びを生み出すものは?」
「怒りです。これを捨て去れば、私たちはもう悲しみとは縁がなくなります。」

「捨てることによって豊かになるものは?」
「欲です。これを追い出せば、人は真に裕福になります。」

「真実のブラーフマナとはどんな人か? 良い生まれの人か、善行をなす人か、それとも学識がある人か? はっきりと答えよ。」
「生まれも学問も、真のブラーフマナとは関係ありません。正しい行ないだけがその資格です。どれだけ学識が深くとも、悪習に染まっている人はブラーフマナではありません。たとえ四つのヴェーダに精通していても、悪い行ないをなす人は卑しくなるのです。」

「世の中で最も不思議なことは何だ?」
「毎日毎日、生き物が死の国へ行くのを見ているというのに、残った者たちは、まるで自分が永久に生きるようなつもりでいます。これこそ何より不思議なことです。」

 このようにしてユディシュティラは、不思議な声の質問にすべて答えたのでした。
 
 問答が終わると、その声はユディシュティラにこう言いました。
「死んだ弟たちのうち、一人だけ生き返らせてあげよう。誰にするか?」

 ユディシュティラは少し考えた後に、
「ナクラを生き返らせてください。お願いします。」
と答えました。

 その声は聞きました。
「なぜナクラを選んだのかね?
 ビーマは一万六千頭の象と同じ力を持っていて、そなたはビーマを最も愛しているという話も聞く。
 それにアルジュナは? 彼の武勇は、そなたを守るのに不可欠ではないのかね?
 この二人を差し置いてナクラを選んだのはなぜか、聞かせてくれまいか?」

 ユディシュティラは答えました。
「人を守ってくれるのはビーマでもアルジュナでもなく、ダルマ(正法)です。ダルマを無視する人間は破滅します。
 われわれパーンドゥ五兄弟のうち、私とビーマとアルジュナの母はクンティー妃で、ナクラとサハデーヴァの母はマードリー妃です。
 クンティー妃の子供である私がこうして生き残ったので、彼女は息子をすべて失うという悲しみからは免れています。だから公平を期すために、今度はマードリー妃の子であるナクラを生き返らせてほしいのです。」

 不思議な声の主は、ユディシュティラの公平無私な精神に感服して、四人とも生き返らせてくれたのでした。
 そして声の主は、自らの正体を明かしました。それはユディシュティラの父でもある、ダルマ神でした。パーンドゥ兄弟を森の奥に誘い込んだ鹿も、ダルマ神が現わした幻影でした。彼は息子のユディシュティラを試そうとして、このような筋書きを作ったのでした。ダルマ神は、試験に合格したユディシュティラを抱きしめて祝福しました。

「お前たちの追放生活は、約束の期限まであと数日しかない。最後の十三年目も、無事に過ぎるだろう。ドゥルヨーダナたちは、お前たちを発見することができないだろう。」

 こう言うと、ダルマ神は姿を消しました。

 パーンドゥ一家は確かに、追放の12年間の間、あらゆる艱難辛苦を乗り越えてきましたが、それによって得たものも計り知れぬものがありました。試練を乗り越えて彼らは、より強く、より高貴な精神の人間に成長したのでした。
 また、アルジュナは苦行によってシヴァ神から聖なる武器を授けられ、シヴァ神に触れられることで一段と強くなりました。
 ビーマもまた、兄であるハヌマーンに会い、抱きしめられたことで、以前の十倍も強くなりました。
 そしてユディシュティラもまた、父であるダルマ神に会い、抱きしめられたことで、彼の人徳の光は以前の十倍も輝くようになったのでした。

 後に、ヴァイシャンパーヤナという聖者はこの物語をジャナメージャヤという王に語り、付け加えて言いました。
「ユディシュティラがダルマ神に会ったときのこの聖なる物語に耳を傾ける人々は、決して悪の道に踏み込むことはないでしょう。友人同士で悶着を起こすこともなく、他人の富をうらやんだり欲しがったりすることもないでしょう。また情欲のとりこになることもなく、一時的なものに対して過度に執着することもなくなるでしょう。
 ですから、この物語をしっかりと心にお留めになってください。」

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