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「デーヴァヤーニーとヤヤーティ大王」

(5)デーヴァヤーニーとヤヤーティ大王

☆主要登場人物の紹介

◎シュクラ師・・・賢者。阿修羅界の精神的指導者。
◎デーヴァヤーニー・・・シュクラ師の娘。
◎ヴリシャパルヴァン・・・阿修羅界の王。
◎シャルミシュター姫・・・阿修羅王ヴリシャパルヴァンの娘。
◎ヤヤーティ・・・バーラタ族の王。

 阿修羅王の娘であるシャルミシュター姫は、デーヴァヤーニーと仲の良い友人でした。

 ある日、シャルミシュター姫とデーヴァヤーニーと、他の阿修羅族の娘達は、一緒に森の中の池へ水浴びに行きました。
 しかし裸で水浴びをしている途中に風が吹き、脱いでおいたみんなの服がごちゃ混ぜになってしまいました。そして水から上がったシャルミシュター姫は、間違ってデーヴァヤーニーの服を着てしまいました。
 それを知ったデーヴァヤーニーは、半分冗談で、
「師匠の娘の服を、弟子の娘が着るとは、何事ですか」
と言いました。

 これは半ば冗談で発された言葉だったのですが、プライドの高いシャルミシュター姫は、この言葉を聴いて怒り狂い、デーヴァヤーニーに向かってこう言いました。
「お前は、お前の父親が、毎日、私の父親である王に対して、恭しくお辞儀をしているのを知らないの?
 お前は、私の父のお恵みで生きている、こじきの娘なのよ!」

 このような怒りの言葉を発し続けるうちに、シャルミシュター姫はいっそう興奮し、怒りがより高まってしまい、デーヴァヤーニーの頬をたたき、彼女を古井戸の中に突き落としてしまいました。

 水のない深い井戸の中に落ちてしまったため、皆、デーヴァヤーニーは死んだと思い、王宮へと帰っていきました。

 しかし、デーヴァヤーニーは死んではいませんでした。死んではいなかったのですが、深い井戸穴からよじ登ることができず、途方にくれていました。

 そこへ偶然、バーラタ族のヤヤーティ大王が通りかかり、井戸の中をチラッとのぞきました。するとそこに女性がいるのを見つけて驚き、一体お前は何者かとたずねました。デーヴァヤーニーは、
「私はシュクラ師の娘でございます。どうぞ私を引き上げてくださいませ。」 
と答えました。ヤヤーティ大王は、デーヴァヤーニーの手をつかんで引っ張りあげ、井戸から這い上がるのを助けてあげました。

 やっとのことで井戸から出られたデーヴァヤーニーでしたが、彼女は、シュクラ師が待つ家へは帰りたいと思いませんでした。なぜなら家は阿修羅王の都にあり、シャルミシュター姫が自分に行なった行為を考えると、そこへ近づくのは危険であると思ったからです。

 そしてデーヴァヤーニーは、ヤヤーティ大王にこう言いました。
「あなたは、乙女である私の右手をおつかみになりました。したがってあなた様は、私を妻として娶らねばなりません。すべての点においてあなたは、私の夫として申し分のない方だと思います。」

 しかしヤヤーティ大王は、お互いの身分の違いを理由に、それを断りました。ヤヤーティ大王はクシャトリヤ(武士)の階級の出で、デーヴァヤーニーはブラーフマナ(祭司)の生まれでした。昔のしきたりでは、ブラーフマナの男がクシャトリヤの女性を娶ることはできましたが、逆にクシャトリヤの男がブラーフマナの女を娶ることは道に反することとされていたのです。

 ヤヤーティ大王にふられてしまったデーヴァヤーニーでしたが、それでも家に帰る気にはなれず、森の木陰で一人で悲しみに沈んでいました。

 シュクラ師は、愛する一人娘のデーヴァヤーニーがなかなか帰ってこないので心配し、ある女に、デーヴァヤーニーを探してくるように指示しました。その女は木陰に座るデーヴァヤーニーを見つけると、一体どうしたのかとたずねました。デーヴァヤーニーはその女に言いました。
「お父様に告げてちょうだい。私は二度と、阿修羅王の都には帰りませんから、と。」

 娘の伝言を聞いたシュクラ師は、すぐにデーヴァヤーニーのもとへやってきて、彼女を慰めようとしましたが、デーヴァヤーニーは父にこう言いました。
「お父様、シャルミシュター姫は私に向かって、お前の父親は、阿修羅王のお恵みで生きているこじきに過ぎないといいましたが、本当でしょうか? 
 このような傲慢無礼な誹謗に飽き足らず、彼女は私を平手で打ち、井戸の中に突き落としたのですよ。ですから、私はもう、彼女の父親の領内のどこにもいられないのです。」
 こう言ってデーヴァヤーニーは、激しく泣き出しました。

 シャクラ師は、威厳を持って、デーヴァヤーニーに言いました。
「娘よ。お前の父は、王にお世辞を言ってそのお恵みで暮らすこじきなどではもちろんない。お前は、世間のすべての者から尊敬されている者の娘なのだよ。天界の王インドラもこのことは知っておられるし、阿修羅王ヴリシャパルヴァンも、私に対する恩義を忘れてはいない。
 しかし立派な人物の中で、自分のことを誉めそやすような者はおらぬし、わしとて、これ以上自分のことを言いたくない。さあ、立ちなさい。お前は、一族に幸福をもたらす比類なき存在なのじゃ。こらえなさい。さあ、一緒に家に帰ろう。
 隣人の悪口を我慢強く耐える人は世界を制す。騎手が荒馬を御するがごとく、自らの怒りを抑える人こそが真の御者(ヨーギー)であり、ただ手綱をとり馬の行くままにまかす人は御者(ヨーギー)ではない。
 蛇が皮を脱ぎ捨てるがごとく自らの怒りを捨てる人こそ、真の勇者である。
 他人によって最大の苦痛を与えられたにもかかわらず、少しも心の動揺せぬ人は、己が目的を達成する。
 決して腹を立てぬ人は、聖典で決められた犠牲祭を百年間に渡って忠実に執行する形式主義者より、はるかに優れている。
 召使も、友も、兄弟も、妻子も、徳も真理も、怒りに身を任せてしまう人からは離れていってしまう。
 賢き人は、年端もゆかぬ者どもの言葉などは気にせぬものだ。」

 このようにシュクラ師が説いても、デーヴァヤーニーの心は静まることはありませんでした。そこでついにシュクラ師は、阿修羅王ヴリシャパルヴァンのもとへ行き、こう言いました。
「王様。プリハスパティ師の息子カチャは、禁欲修行僧として肉体的感覚を完全に抑制し、いかなる罪も決して犯しませんでした。彼は誠実に私に仕え、決して正しい道から外れることはありませんでした。それなのにあなたの部下たちは、彼を何度も殺そうとしました。だが、私はそれを我慢しました。
 ところが今度は、私の娘が、あなたの娘から侮辱され、井戸に突き落とされるはめになってしまいました。彼女はもはや、あなたの領土には住みたくないと言っています。私も彼女なしでここにいることはできませんので、二人であなたの王国を出て行くことにします。」

 いきなりこのように言われた阿修羅王は困惑してしまい、こう言いました。
「そなたが言ったそれらのことは、私は全く知らないことだ。そなたがわしを見捨てるなら、わしは火に飛び込んで死ぬかもしれぬぞ。」

 シュクラ師は答えました。
「あなた様がもし私の娘をなだめることができるなら、それにこしたことはありません。しかし娘の気が変わらない限り、私はここを出て行きます。」

 そこで阿修羅王は家来を引き連れてデーヴァヤーニーのもとへ行き、どうか機嫌を直して、父とともに王国にとどまってくれるようにと懇願しました。デーヴァヤーニーは強情を張って、こう言いました。
「この国に残ってもかまいませんが、条件があります。私をこじきの娘だと馬鹿にしたシャルミシュターが私の召使となり、私の身の回りの世話をしなければなりません。」

 阿修羅王はその条件に同意し、娘のシャルミシュターを連れてきました。

 シャルシュミターは自分の非を認め、素直に頭を下げ、毅然とした態度で言いました。
「デーヴァヤーニーの望むとおりにさせてやってください。私の犯した過ちにより、父が偉大な教師を失うことになりませぬよう、私は彼女の召使になります。」

 こうしてデーヴァヤーニーはやっと怒りを静め、シュクラ師とともに家へ帰りました。

 その後、デーヴァヤーニーはヤヤーティと再び偶然に会い、繰り返し求婚をしました。ヤヤーティは何度も断りましたが、ついに根負けし、二人は結婚することになりました。

 こうしてデーヴァヤーニーとヤヤーティは結婚し、長い月日を幸福にすごしました。シャルミシュターは召使として、デーヴァヤーニーの身の回りの世話をしていました。しかしあるとき、シャルミシュターはこっそりとヤヤーティに近づき、ヤヤーティを誘惑しました。そして二人は性的関係を結んでしまったのでした。

 これを知ったデーヴァヤーニーは怒り狂い、シュクラ師に言いつけました。シュクラ師はその行力によって、ヤヤーティを老人の姿にしてしまいました。

 男盛りなのに急に老人の姿にされてしまったヤヤーティは後悔し、シュクラ師に許しを請いました。シュクラ師は言いました。
「ヤヤーティ王よ。そなたは若さというすばらしいものをなくされた。これを元に戻すことは残念ながらもうできないのだ。
 しかし、もしそなたの老いと自分の若さを交換してくれるという者が現われたら、それは実現されるであろう。」

 こう言ってシュクラ師はヤヤーティに祝福を与え、別れを告げました。

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