要約・チャイタニヤ伝 第二章 クリシュナ・チャイタニヤに関する真理
第二章 クリシュナ・チャイタニヤに関する真理
ブラフマン、パラマートマン、そして至高神という三つが、それぞれ崇拝されていますが、
それらはそれぞれが、チャイタニヤ師の体の輝き、部分、そして師その方なのです。
自存神であるクリシュナ、また最高真理なるクリシュナ、
叡智にあふれ喜びに満ちた、偉大なる最上者
バーガヴァタではナンダの御子と讃えられている
そのクリシュナが、チャイタニヤとして権化されてきたのです。
その輝現の仕方により、
ブラフマン、パラマートマン、そして欠けるところの全くない至福者であると、
三通りに呼ばれるのです。
清浄な体で光り輝いている、
ウパニシャッドでは「全く汚れのない」といわれるブラフマン
地上から太陽を見ると、何ら飾り気のない光そのものに見えるように、
ジュニャーナの道を行く者には、クリシュナを飾っているものが見えません。
真実には、ブラフマンさえもが、ゴーヴィンダの体の輝きにすぎません。
ヨーガ学派の聖典が述べる真我にしても、
ゴーヴィンダの部分が輝き出たものにすぎません。
ひとつの太陽が無数のガラスの破片の上で輝くように
無数の魂の上に、ゴーヴィンダの部分が輝くのです。
そのゴーヴィンダこそまさにチャイタニヤ師その方で、
深い哀れみを心に、魂を救済されようとするのです。
最高天にお住まいになるその方はナーラーヤナ
六つの力に満ち、ラクシュミーを妻とする至高神。
バクティの道に従えば、信者はそのお姿を目にすることができるのです。
神々が、太陽を姿形のある者として見ているように。
ジュニャーナやヨーガの道に従う方々すべては
この神を、ブラフマンやパラマートマンとして認識しているのです。
そのナーラーヤナの本来のお姿はクリシュナと同じ
同じ体でありながら、あらわれ方が異なっているのです。
クリシュナは手が二本、ナーラーヤナは手が四本。
クリシュナは手に竹笛を持ち、ナーラーヤナは手に円盤などを持っています。
そしてバーガヴァタによると、
ナーラーヤナさえも、クリシュナの戯現であるとされています。
ブラフマン、パラマートマン、そして至高神は、クリシュナの遊戯なのです。
クリシュナの本来の姿は不二の真智であり、
それがブラフマン、パラマートマン、そして至高神の三つとなって現われるのです。
クリシュナはまた、本来の姿を六通りにあらわし戯れます。
至高と雄大という二つの輝現、
部分と偉力憑依という二つの権化、
そして幼児と少年という二つの性質を持つクリシュナです。
そして青年としてのクリシュナこそがこれらの本来の姿であり、あらゆる権化のよりどころとなるのです。
クリシュナはこれら六通りの姿を取って、世界を維持し育み嬉戯されるのです。
宇宙にあるすべてのものが真我をよりどころとしていますが、
その真我をはじめ、あらゆるものの根本的なよりどころがクリシュナです。
そしてその権化のよりどころであるクリシュナが、
自らチャイタニヤ師の姿を取って権化されたのです。
それゆえチャイタニヤ師は、あらゆるものに勝る真理なのです。
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