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イブラヒム・アダムの生涯(抜粋)

イブラヒム・アダムの生涯(抜粋)

 昔、ペルシャのバルカに、イブラヒム・アダムという信仰心の篤い王様がいました。彼は常に神を愛し、神だけを求める生活にあこがれていました。

 ある日王は、一人の奴隷を買い取り、彼に尋ねました。

王「お前、名前はなんというのだ?」

奴隷「わたしは王様の奴隷でございます。王様が呼ばれる名前こそが私の名前です。」

王「お前は何を食べるのか?」

奴隷「わたしは王様の奴隷でございますから、王様が与えてくださるものだけをいただきます。」

王「お前はどんな服が着たいか?」

奴隷「わたしは王様の奴隷でございますから、王様が与えてくださるものだけを身につけます。」

王「お前には、自分の願いというものがないのかね?」

奴隷「わたしは王様の奴隷なのです。ご主人様の願いこそが私の願いです。」

 この一連の奴隷の言葉に深く心を打たれた王は、声をあげて泣き出しました。

「今日わたしは、長い信仰生活の果てに、神に対する真の信仰者の態度を学んだ!」

 ある日、狩りに出た王は、夜になって森に野宿しました。そこをメッカに向かう途中だったあるファキール(イスラムの托鉢僧)が通りかかりました。信仰心と智慧で名高いイブラヒム・アダム王が野営していると聞いた彼は、王に会いに行きました。しかし王のテントが絹製のロープと黄金の杭で張られているのを見た彼は、驚いて王に言いました。
「ああ、王よ。あなたは神を求めるお方と聞いておりましたのに、このような贅沢はどうしたわけでしょうか。」

 王は言いました。
「わたしにどうせよというのだね?」

 托鉢僧は答えました。
「あなたの信仰が本物なら、メッカまでわたしと一緒に歩いていらしてください。」

 王は何のためらいもなくテントを出ると、召使いたちに暇を出して、托鉢僧と一緒にメッカへと向かい歩き始めました。
 少し行くと、托鉢僧が言いました。
「あなたのテントに托鉢のお椀を置き忘れてしまいました。取りに行ってくるまでちょっとここで待っていていただけませんか?」

 王は答えて言いました。
「あなたとわたしの違いがお分かりかな? わたしはあらゆる富と贅沢を即座に捨てたというのに、あなたは托鉢のお椀をあきらめることすらできないとは!」

 そこで托鉢僧は王を賢者と認め、二人でメッカへ向かって歩いていったのでした。

 あるときあるファキールが、王の宮殿にやって来ました。

王「何がお望みでしょうか?」

ファキール「この旅行者用のバンガローにしばらく泊まりたいのだが。」

王「ここはわたしの宮殿です。旅行者用のバンガローではありません。」

ファキール「あなたの前に王座にあったのはどなたかな?」

王「わたしの父です。」

ファキール「では御父上の前には?」

王「祖父です。」

ファキール「ではあなたの後にここに座るのは誰かな?」

王「わたしの息子です。」

ファキール「短い間にそんなに多くの人たちがやって来ては住み着き、そして去って行くならば、そこは旅人の休憩所以外の何だろうか?」

 そう言うとファキールは背を向けて立ち去りました。王はその威厳に満ちた様子に深く心を打たれて、王座から立ち上がると、ファキールの後を追いかけ、尋ねました。
「あなたはどなたなのですか?」

「わたしはキズィールだ。」

(キズィールは預言者で、神に選ばれた霊的指導者だった。肉体の死後も生き続け、突然あらわれて信者に必要な導きを与えてくれるといわれている。)

 王はそれを聞いて、炎のような渇仰心が燃え上がるのを感じました。そして同時に心に激しい痛みも感じたのでした。
 寝付けなかったので、物思いにふけりながら馬に乗って走っていると、「死に目覚めさせられる前に目覚めよ」という声が聞こえてきました。彼はそれが神の命令であると考えて、世を捨てて完全な修行の生活を送る決心をしたのでした。途中で出会った若い農夫に馬を与え、王の服と農夫の服を交換すると、妻と大臣への最後の手紙を彼に託して、森の中へと立ち去りました。

 それからイブラヒム・アダムは洞窟に暮らしながら、祈りと苦行に打ち込みました。その後、人々に身元を知られてしまうと、洞窟を離れてメッカへ向かう放浪の旅に出ました。その長い放浪の旅の途中でイブラヒム・アダムは再び不死の預言者キズィールに出会い、偉大な智慧を授けられて、悟りに至ったのでした。

 イブラヒム・アダムがメッカに近づいているという噂が流れると、人々は歓迎の準備をしました。人々が彼を本人だと知らずにイブラヒム・アダムについて尋ねると、彼は「メッカの賢者たちとあのズィンディック(無信仰者)とは何の関係もないだろう」と言いました。聖者として名声高かったイブラヒム・アダムがそのように罵られるのを聞いて、人々は彼の首を打ち据えて、言いました。
「あのような聖なる賢者をズィンディックと呼ぶとは何事だ! お前こそがズィンディックではないか!」
 彼は笑って、「全くその通りだ」と言いました。
 人々が去った後、彼は自分のエゴに向かってこう言いました。
「お前がどんなふうに罰されたかわかるかね。わたしが屈しなかったことと、お前(エゴ)が歓迎を受けることのプライドと安楽を享受できないようにしてくださったことを、神に感謝する。」

 その後、イブラヒム・アダムがメッカにやって来たということを聞いた彼の妻は、息子と共にメッカへと向かいました。
 一人の托鉢僧が、二人をイブラヒム・アダムのもとへと連れてきました。イブラヒム・アダムは二人と少し会話を交わした後、立ち去ろうとしましたが、妻と息子はしがみついて離そうとしませんでした。そこでイブラヒム・アダムが神に祈りをささげると、息子は突然倒れ、亡くなってしまいました。
 弟子たちにその原因を尋ねられると、イブラヒム・アダムは言いました。

「わたしの二人に対する愛情が強かったので、もはや去りがたくなってしまっていた。そのとき声を聴いたのだ。『お前は人々に放棄を教えている。それなら自分の教えを実行してみせなさい。』
 そこでわたしは神に祈った。
『おお、神よ。わたしか息子かいずれかの命を取り上げてください。』
 祈りは叶えられて、神はわたしを息子から引き離してくださったのだ。」

 あるときある金持ちの男から、山積みの金貨を受け取るように請われたイブラヒム・アダムは、答えてこう言いました。
「わたしは貧しい者からは絶対に受け取らないのだ。」

男「わたしは大金持ちなのですよ。」

イブラヒム「それでも、もっと欲しいとは思わんかね?」

男「はい。」

イブラヒム「その金貨は持って帰りなさい。お前は貧しき者たちの王子なのだから。」

 
 またあるとき、イブラヒム・アダムは乗合船に乗って河を渡っていました。彼の衣はズタズタに裂けていて、髪の毛は伸び放題だったので、同船していた者たちは彼が聖者だと気づかず、彼をからかい始めました。ある乱暴な男は彼を殴ったり、つねったり、罵ったりしました。イブラヒム・アダムは、自分のエゴが傷ついたり懲らしめられるのを見て、幸せに感じていました。
 しばらくすると嵐がやって来て、船が転覆しそうになりました。水の怒りを鎮めるには船の誰かを河に投げ込まなければならないと乱暴な男が言い出し、皆でその汚い男を放り出そうと決めました。そしてちょうど彼の耳がつかまれたとき、嵐はおさまったのでした。

 あるとき、ある男がやって来て、イブラヒム・アダムに言いました。
「おお、賢者よ。わたしはずいぶんと苦行を行なってまいりました。何か助言をいただけませんでしょうか。」

イブラヒム「お前が従わなくてはならない六つの条件がある。まず第一に、お前が神に背いて罪を犯すときには、神が与えてくださるパンを食べてはならない。」

男「それではだれがくれるパンを食べればいいというのでしょう? すべては神が与えてくださるものなのに。」

イブラヒム「神のパンを食べながら神に背くのは理にかなっていないのだ。
 二つ目の条件は、まさに罪を犯そうとするその刹那に、神の御国から出て行きなさい。」

男「一切は神の御国です。どうやってそこから出て行けましょうか。」

イブラヒム「三つめは、神がご覧になっていないときだけ、罪を犯しなさい。」

男「神は常にご覧になっているので、それも不可能です。」

イブラヒム「神のパンをいただき、神の御国に住み、神の目の前で神に背くのは、ひどく不正なことではないか?
 四つ目に、死の天使がお前の人生を終わらせにやって来たとき、お前は自分が悔い改めるまで待ってほしいと言うのだ。」

男「それもまた無理でございます。死の天使は待ってくださらないでしょうから。」

イブラヒム「それならば、死がやって来る前に悔い改めなさい。
 五つ目に、死後、神の天使たちがお前の生涯について尋ねるとき、彼らを追い返しなさい。」

男「まったくもって不可能です。」

イブラヒム「ならば答えを準備しておきなさい。
 最後に、地獄に突き落とされようとするとき、それを拒みなさい。」

男「それも無理でございます。」

イブラヒム「ならば、罪を犯してはならない。」

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