パトゥル・リンポチェの生涯と教え(125)
◎最後の日々
パトゥルは健康を崩し始めた。
雄の火の豚の年(一八八七年)の太陰暦四か月目の十三日目から、パトゥルは少し体の調子が悪いとおっしゃった。
人々から質問されたことに対しては、だいぶ変わったふうに答えていたようだった。
「好きなようにやりなさい。あなたのほうがよく知っているだろう。」
パトゥルの主治医・ジャンペル(同様にある遊牧民のコミュニティであるリン・ラの曹長でもあった)が呼び出された。長寿の儀式が、パトゥルのために執り行なわれた。
パトゥルを治療しながら、ジャンペルはこう尋ねた。
「アブ、あなたが様々な場面でおっしゃったことから推測すると、われわれは西方のアミターバの大いなる至福の浄土に生まれ変われるように祈るべきだと思うのですが、そうなのでしょうか?」
パトゥルは少し沈黙したあと、こう答えた。
「うむ、おまえは西。わたしは東。」
東とは、東方のヴァジュラサットヴァの顕現の喜びの浄土のことであろうか?
のちに、パトゥルは従者のソナム・ツェリンにこう言った。
「昨晩、誰から”アラハットへの供養”の詞章を唱えろと言われたのだ?」
ソナム・ツェリンは、弟子たちが自分たちで決めてそれを行なったと答えた。パトゥルは言った。
「おまえが儀式をやっていたときは、わたしは少し眠っていた。あいつらがアラハット・ヤンラジュンの詞章を唱え始めたときに、わたしは目を覚ました。そして、『あなたは東で衆生を利するでしょう!』といういう声が聞こえてきた。わたしのような者が、衆生を本当に利することができるだろうか?」
ソナム・ツェリンは、パトゥルが何を言いたかったのかをそれ以上尋ねなかった。
この従者によると、雄の火の豚の年(一八八七年)の太陰暦四月の十七日目に、パトゥルはわずかな食べ物を食べ、「純粋なる懺悔のタントラ」を唱え、少し五体投地をした。そして五部のヨーガの修行を行ない、胸のチャクラの気道を使って、智慧のプラーナの自由な流れを増大させる修行も行なった。
十八日目、パトゥルは早朝にカードをいくらか食べ、お茶を少し飲んだ。日が昇ると、服を脱いで、ヴァジュラーサナ(蓮華座)で姿勢を正して瞑想に座り、膝の上に両手を置いた。
ケンポ・クンペルが再び服を着せても、パトゥルは何も言わなかった。
従者のソナム・ツェリンに加えて、三人の者――ケンポ・クンペル、クンギャムという名の男、そしてパトゥルの主治医・ジャムペル――が、その夜パトゥルの傍にいた。
のちに、ソナム・ツェリンがそのときのことについて詳しく語った。――パトゥルは空間をじっと見つめ、両手の指をパチンと鳴らした。そして衣の下で法界定印を組むと、パトゥルは、生死を超えた、原初から純粋な、無限なる、光輝く空間へと入っていったのだった。
完全に悟ったヨーギーは、普通の人間のように見えるかもしれないが、心は何の努力もせずに純粋なる意識にとどまっている。肉体を去るとき、彼の意識はダルマカーヤと一体となるのである。まるで壺が壊れると、壺の中の空間が、その周りの空間に溶け込んでいくように。