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「マイトリーバラ(慈愛の力)」

ジャータカ・マーラー 第八話

「マイトリーバラ(慈愛の力)」

 かつて世尊が菩薩であった頃、一切の衆生に慈悲心を持つマイトリーバラ(慈愛の力)という名の王として転生しました。

 民衆の苦楽は、その王にとっても同様のものでした。それゆえに彼は、武力とダルマの両方を使って、民衆を保護したのでした。

 彼はこのように衆生を守り、真実・布施・寂静・智慧の実践をなし、それを衆生の幸福のために回向し、またその他もろもろの菩薩行によって、菩薩の資糧を積みつづけていました。

 ある時、ある罪を犯したために、鬼神の王から追放された五人の鬼神たちが、マイトリーバラ王の支配する領域にやってきました。鬼神たちは、そこに住む人々の精気を吸い取ろうという欲望を持っていました。

 しかし、いくら努力をしても、鬼神たちは、その地域に住む人々の精気を吸い取ることができませんでした。そこで鬼神たちは、互いに顔を見合わせて、次のように考えました。
「友よ、これはいったいどうしたことか。
 この地域の人々は、われわれを撃退するだけの苦行の力や神通力を持っているわけでもない。それなのに、なぜ我々は彼らの精気を吸い取ることができないのだろうか。」

 このように考えつつ、鬼神がブラーフマナの姿に化身して森を歩いていると、一人の牛飼いに出会いました。彼は木の根元に座り、縄をないながら、気晴らしのために大声で歌を歌っていました。
 ブラーフマナに変身した鬼神たちは、彼のもとに近づき、言いました。
「牛の番をしている人よ。このようにさびしい孤独な森の中に一人でいて、あなたは恐ろしくないのですか?」

 牛飼いは答えました。
「なんでまた、恐れなければならないのか。」

 鬼神たちは言いました。
「鬼神(ヤークシャ)とかラークシャサとか食肉鬼とかのことを、あなたは聞いたことがないのですか。彼は生来凶暴である。
 いかに学問や苦行を積んでいても、世間の人々は彼らから逃れることはできない。
 人の肉を喜んで食べる鬼神たちを恐れることなく、このような人里離れた奥深い森の中で、孤独でいるあなたに、どうして恐怖がないのだろうか。」

 このように問われ、牛飼いは笑い出しながら彼らに答えました。
「ここの人民は偉大な祝福によって守られている。したがって他国の王も、力を及ぼすことはできない。ましてや鬼神たちにはなおさらできない。
 それゆえに私は、森の中にあっても家の中にいるように、夜でも昼間のように、一人であっても多くの人々の中にあるように、安心して過ごすのである。」

 それを聞いた鬼神たちは、好奇心を掻き立てられ、言いました。
「どうか、それについて詳しく話してください。その偉大な祝福とは、いったいどのようなものなのか。」

 牛飼いは、憤慨と驚きをもって言いました。
「ああ、これはおどろくべきことである。
 王の威徳は明らかであるのに、どうして君たちの耳に入っていないのか。
 私が想像するに、君たちが住んでいた地方の人々は、功徳を追求するのが嫌いなのか、あるいは幸運が尽きたのか。何らかの理由で、王の名声が遮られているのか。
 しかし君たちは今、そのような国からここへやってきたのだから、君たちには若干の幸運が残っている。」

 鬼神たちはさらに聞きました。
「どうか話してください。かの王の威神力によって、この地域の人々を鬼神が害することができないとは、いったいどういうことなのでしょうか。」

 牛飼いは言いました。
「私どもの大王の威神力は、マハーサットヴァ(偉大なる魂)の域に達している。
 彼の力は慈悲である。彼はただ慣行に従うのみの軍隊を持つ。
 彼は怒りを知らない。悪口を言わない。そして国土を正しく守る。
 彼の行動の原理はダルマであって、政治的詐欺ではない。
 彼の財は、善き人々をもてなすためにある。
 大王はこのように奇特な人であって、悪人たちの財産や高慢に依存することはない。
 私どもの師である大王は、このような類の幾百の徳をそなえている。それゆえに、そのお方の地域に住む人々を、災害も害することはできない。
 私はあなたたちに、わずかしか話すことはできない。しかしもしあなたたちが王の徳についてもっと聞きたいと興味を持つなら、都に入るがよい。なぜならそこでは人々は自己の義務に忠実であり、聖者の教えを守り、幸福にして繁栄しており、高慢ではなく高貴な装いをしており、来客にことにやさしく、王の徳に心ひかれ、常に王を称賛する賛歌を歓喜して繰り返している。その人々を見れば、あなたたちは王の功徳の大きさを推し量ることができるであろう。そしてあなたたちは王に会いたくなり、実際に会うこともできるであろう。」

 鬼神たちは、王の力によって自分たちの力が妨害されたと聞いて、王に称賛の心を持つどころか、激怒の心を生じさせました。
 そこで、王が布施を愛好することを知った鬼神たちは、王に悪事を働きたいと考え、王のもとにやってきて、食事を乞いました。
 王は歓喜の心をもって、担当者に命じました。
「速やかに好ましい食事を、あのブラーフマナたちに与えよ。」

 こうして素晴らしい食事が提供されましたが、ブラーフマナに変身した鬼神たちは、「我々はこんな食事は食べない」と言って、それを受け取ることを拒否しました。
 それを聞いて、王は彼らのもとへ行き、尋ねました。
「それでは、どのような食事が君たちには適しているのか。何でも望みの物を施そう。」

 鬼神たちは、答えて言いました。
「新鮮で温かい人間どもの血と肉だ。鬼神たちの飲食物は、そのようなものなのだ。」

 こう言うと鬼神たちは、恐ろしい顔で、牙が生え、燃えるような赤いやぶにらみの眼を持ち、潰れた平べったい醜い鼻を持ち、燃え上がる火のような赤い髪やひげを生やした、自らの本来の姿をあらわしました。

 王は彼らを見て、
「この者たちは食肉鬼であって、人間ではない。だからわれわれの飲食物を望まないのだ。」
と理解しました。

 ところが王は、生来慈悲心をそなえ、清浄な心を持っているので、彼らを恐れるどころか、一層の慈悲心を生じさせながら、このように考えました。

「人間の新鮮で温かい血や肉に欲望を持ち、慈悲心に欠けるこの邪悪な者たちは、なんと哀れなのだろう。彼らの苦悩は、いつ消滅するのだろうか。
 懇願された以上、私はそれにこたえないわけにはいかない。
 しかし、彼らの望みをかなえるために、他人を殺すことなどが、私にどうしてできようか。
 よし、決めた。
 この者たちに、私のこの太った肉と血を与えよう。
 自然に死んだ者の肉は、冷たくて、血もない。そのような血肉は、この者たちの食欲を満たすことはできないだろう。
 よって私の血肉を与えるのが一番良いのだ。
 悪性の腫瘍のように、この身体は本来常に痛み、苦悩を蔵するものであるが、このようなすぐれた目的に用いることによって、この肉体は極めて優れた道具と変わるのである。」

 かの偉大なる魂はこのように決心すると、喜びの心を生じ、目や顔の輝きも増し、自分の身体を指差しつつ、鬼神たちに言いました。

「この肉も血も、ただ世間の利益のためにのみ、私は持っている。
 もし今、客人のためになるのであれば、それは私にとっても大きな幸せである。
 さあ、私は、私の血と肉を、あなた方に施しましょう。」

 そして王は、自分の体から肉を切り取るために医者を呼べと命じました。そのとき大臣たちは、王の決意を知って、恐れと怒りに混乱した心を持って、王に対する愛情から、次のように申し上げました。

「王は、布施に対する過度の喜びのために、忠実な人民たちの利益不利益の筋道を無視してはいけません。王にはこのことがおわかりにならぬはずはありません。
 尊きお方よ。生類に不利益を生ずることはなんでも、鬼神たちにとっては喜びなのです。
 王さま。あなたは享楽におぼれることなく、王の労苦を世間の利益のためにのみになっています。それだからこそ、ご自分の肉体を布施しようなどという、間違った決意を捨ててください。
 あの五人の鬼神の食欲を満たすために、人民すべてが不幸に陥るとしたら、これはいったい王の正しい道でしょうか。」

 そこで王は大臣たちに答えて言いました。

「あからさまに懇願されて、私のような者が、現にあるものを無いなどと嘘を言ったり、私は与えないなどと言ったりできようか。
 法の指導者たる私がみずからもし邪道に赴くとしたら、私が歩いた行動の道に従う私の人民の者たちは、いったいどうなるだろうか。
 まさに人民のことを思っているからこそ、私には、人民を守護する力があるのである。
 もし私に、物惜しみやむさぼりによって征服されるような弱い心があるならば、どうして人民を守護することができようか。
 私の手足は肉も太く大きく成長している。私はその自分の肉を布施する用意ができている。なぜならこの者たちはまさに私にそれを求めているのだから。
 君たちは、私に対する過度の愛情ゆえに、法の実践を妨害することはやめてください。そのような意図は正しくない。 
 なおまた、次のようなこともよく考えるべきである。
 食物を布施しようとしている人の妨害をすることは、善い行為なのか、悪い行為なのか。
 君たちは、私の布施行に同意をあらわすことがふさわしいのであって、不安なまなざしはふさわしくない。
 財産はいろいろなものに役立つが、布施のために財産を使ってこそ、財産は価値あるものとなる。しかし布施の対象はいつもいるわけではない。このような乞食者は、神に祈願しても得るのは難しい。
 そのような乞食者がやってきたのに、自分の肉体に執着して布施をためらうならば、それは暗黒の道となるであろう。
 それゆえに君たちは、私を止めないでほしいのだ。」

 このようにして王は大臣たちを説得すると、医者たちに自分の手や足を切らせ、鬼神たちに言いました。
「君たちは、この贈り物を受け取ることによって、私の徳行の援助をしてください。そして私に最高の喜びをお与えください。」

 鬼神たちは、両手を合わせて王の体から滴る真っ赤な血をすくうと、それを飲み始めました。

 鬼神たちから血を飲まれながら、王の体は黄金のように輝いていました。
 王の歓喜の強烈さのゆえに、勇猛さのゆえに、功徳のゆえに、いくら血を吸われてもその身体は衰えず、その心は失神することなく、また流れ出る血が減少することもありませんでした。
 
 鬼神たちは王の血によって渇きも疲労も癒され、「これで十分だ」と王に告げました。

 多くの苦しみのすみかであり、常に恩知らずである身体が、供物としての務めを成就した時、王は歓喜が増大するのを感じました。

 それから王は、目も顔も一層晴々として、自ら鋭い剣を手に取って、自分の肉を切り取って、鬼神たちに食べさせました。
 布施の喜びのために、王の心は、切断の苦悩を味わう余地など全くありませんでした。
 このように自分の身体をもって鬼神たちを満足させつつ、王はまさに歓喜の心を持っていたので、鬼神たちの凶暴な心さえも柔和になっていったほどでした。
 法を愛するが故に、あるいは慈悲心のゆえに、利他のためにいとしい自分の身体を布施しようとする人は、怒りの炎に燃える心さえも、浄信に満ちた心に変えてしまうのです。
 
 鬼神たちは、王が自分の肉体を切り取って自分たちに布施し、また全く苦悩を感じず平静でいるのを見て、最高の敬信と驚きを感じました。
「ああ、まことに稀有なること、未曾有なることだ。これはいったいどうしたことであろうか。現実であろうか。それとも幻であろうか。」

 鬼神たちの中に反省と歓喜の心が増大し、また怒りの心が滅され、王に対する讃嘆と恭敬の心をもって、次のように言いました。
「王さま、やめてください。やめてください。自分の身体を害することに没頭するのはやめてください。あなたのこの未曽有の行ないに、私たちは満足しています。」

 そして敬信の心から、顔中を涙で濡らしつつ、鬼神たちはさらに続けて言いました。
「あなたのような人に守られて、人間世界はまことに幸福です。
 あなたはすでに王の栄光の中にあるのに、さらにこのような稀有なる行為をなさることで、あなたは何を望んでいらっしゃるのですか?
 あなたがこの苦行によって望んでいるのは、すべての人間世界の主となることですか? それとも富の神となることですか? それともインドラ神となることですか? あるいは解脱を望んでいるのでしょうか?」

 王は答えました。
「私が何のためにこのようなことに専心しているかを聞いてください。
 この世の栄光は、容易に滅びるものである。それは真の満足や安楽や寂静に至るものではない。
 それゆえに私は、インドラ神の栄光さえも欲しない。
 また、常に苦しみに沈んでいる寄る辺なき衆生をよく見ているので、私の心は、自己の苦しみを滅するだけで満足するものではありません。
 この功徳によって私は、全智者となり、老病死の大波あふれる生死の海から、衆生を救済しようと願っているのです。」

 そのとき鬼神たちは、信仰の喜びに打ちふるえ、敬礼して王に言いました。
「このような行為は、このようにすぐれたあなたの決意にふさわしいものです。
 それゆえに、あなたの願いは久しからずして成就するでしょう。
 本当に、あなたのこの精進のすべては、世間の利益のためのみにあります。
 しかし私どもは、自己の利益を過度に考慮してお願いします。どうかあなたが全智を得た時には、私たちのことも思い出してください。
 無智なるがゆえに、真の利益が何かも知らずに、私どもがあなたにご迷惑をおかけしましたことを、どうかお許しください。
 どんな命令でも、私どもにお与えください。あなたからの命令はどんなものでも、私どもにはすべて恩寵ですから。」 

 そこで王は、鬼神たちの心が信仰によって柔和になったと知り、言いました。
「自己の血や肉を布施することは、私にとって苦悩ではない。だからこのことについて、危惧する必要はない。
 君たちのような法における友を、全智に達した後に、私がどうして忘れようか。解脱の法なる甘露を、私は最初に君たちに分け与えるであろう。
 君たちが私の命令を欲するならば、命令しよう。
 殺生をしてはいけない。
 他人の財物や、他人の妻に愛著してはならない。
 そして、嘘と飲酒を避けなさい。」

 そのとき鬼神たちは、「そういたします」と約束し、お辞儀し、右回りの礼をしました。

 そして王はさらに自分の血肉を鬼神たちに布施しようとしましたが、鬼神たちはその場で姿を消しました。

 そのとき、大地は震動し、太鼓の音が鳴り響き、花々が舞いました。

 インドラ神は、神通力によってこの出来事の一部始終を知り、王のことを心配して、地上に降りてきました。
 しかし、このような状態になっても王の顔が晴々としているのを見て、インドラ神は王に信を持ち、近づいて、次のような称賛の言葉を述べました。

「ああ、まことに、善き人の行動の卓越せることよ。
 ああ、功徳の修習の宝庫の広大なることよ。
 あなたによって、実に大地は守護されている。」

 このように王をたたえた後、インドラ神は、天界の薬草を使って、王の身体を元通りに戻すと、自分の住居へと戻りました。

 
 大慈悲心を持つ人たちは、このように、他人の苦しみに心を痛め、自己の利益をかえりみないのです。
  
 そしてこのときの五人の鬼神たちは、のちに世尊が全智を得た時、最初の五人の弟子として生まれ変わり、世尊は約束通り、彼らに対して最初に法の甘露を分配したのです。

 この前生談に関連して、世尊はのちに、このように言いました。
「これら五人の修行者たちは、あのとき実に大いに役立ってくれたのだ。」

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