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「平和の使者」

(37)平和の使者

☆主要登場人物

◎ドリタラーシュトラ・・・クル兄弟の父。パーンドゥ兄弟の叔父。生まれつき盲目の王。善人だが優柔不断で、息子に振り回される。
◎カルナ・・・実はパーンドゥ兄弟の母であるクンティー妃と太陽神スーリヤの子だが、自分の出生の秘密を知らず、ドゥルヨーダナに忠誠を誓う。
◎ユディシュティラ・・・パーンドゥ兄弟の長男。クンティー妃とダルマ神の子。
◎ドゥルヨーダナ・・・クル兄弟の長男。パーンドゥ兄弟に強い憎しみを抱く。
◎ビーシュマ・・・ガンガー女神と、クル兄弟・パーンドゥ兄弟の曽祖父であるシャーンタヌ王の子。一族の長老的存在。
◎クリシュナ・・・パーンドゥ兄弟のいとこ。実は至高者の化身。
◎ヴィドラ・・・ドリタラーシュトラ王の主席顧問。マハートマ(偉大なる魂)といわれ、人々から尊敬されていた。
◎ドルパダ・・・パンチャーラの王。ドラウパディーの父。
◎サンジャヤ・・・ドリタラーシュトラ王の御者。

※クル一族・・・盲目の王ドリタラーシュトラの百人の息子たちとその家族。
※パーンドゥ一族・・・ドリタラーシュトラの弟である故パーンドゥ王の五人の息子たちとその家族。パーンドゥの五兄弟は全員、マントラの力によって授かった神の子

 パーンドゥ族とクル族の両者は、着々と戦争の準備を始めていました。各地から派遣された軍隊の規模は、比較するとクル族のほうがパーンドゥ族の1.5倍ほど多くありました。

 さて、ドルパダ王がつかわした使者は、ドリタラーシュトラ王の宮殿に到着しました。使者はドルパダ王の代理として、そこに集まっていた人々に向かってこう言いました。

「ダルマは永遠であり、おかすべからず。いまさら私が申すまでもなく、このことは皆さんもご存知のはずです。ドリタラーシュトラ王と故パーンドゥ王は、二人ともヴィチットラヴィーリヤの息子であり、われわれのしきたりに従えば、二人とも同じく父の遺産を相続する権利を持っています。にもかかわらず、ドリタラーシュトラ王の息子たちは遺産をことごとく所有し、パーンドゥ王の息子たちには一片の土地も分配されておりません。こんな不当なことはありません。
 クル家のご子息たちよ、パーンドゥ家は平和を望んでいます。これまでに受けた苦難の数々も、すべて水に流す用意があります。彼らは戦争を避けたいと思っています。なぜならば、戦争は何一つ善をもたらさず、ただ破滅のみであるということを、よく知っているからです。
 ゆえに、彼らが正当に受けるべき領土や遺産を、彼らに返してください。そうすることが、ダルマにもかない、しきたりにもかなうことだと思います。一刻も早く実行にお移しください。」

 使者の口上が終わると、賢明にして勇敢なビーシュマ長老が言いました。
「神の恵みにより、パーンドゥ兄弟はまことに慎重にして分別がある。多くの王家から支援されて、十分に戦う能力を持ちながら、その道をとりたくないという。平和裏に解決したいというのだ。この使者の言うとおり、彼らに領土を返してやることこそ、唯一のダルマの道であろう。」

 ビーシュマの言葉が終わらぬうちに、カルナは使者に対して怒鳴りつけるように言いました。
「ブラーフマナよ、古臭いことを言いおって。
 賭けに負けて失った領地を要求する権利があるなどと、よくもユディシュティラは言えたものよ! もしほんの少しでもほしいなら、頭を低くして乞うべきではないか! 同盟者たちの力を頼んで、ずうずうしくも不条理な要求をユディシュティラは突きつけてきた。はっきり言っておくが、ドゥルヨーダナの領土からは砂粒一つもあいつらには渡さぬぞ。」

 ビーシュマがさえぎって言いました。
「カルナよ、愚かなことを言うな。この使者の言うことを聞かなければ、戦争になるのだぞ。しかもこちらには勝ち目のない戦にな。ドゥルヨーダナをはじめ、われわれすべてが破滅してしまうことになるのだぞ。」

 そこに集まった人々は、混乱と興奮のうちに、さまざまな意見をぶつけ合いました。ドリタラーシュトラ王はその混乱を鎮めるため、使者に言いました。

「世のため、またパーンドゥ家の幸せのため、私はサンジャヤを使者としてそちらへ送ることに決めた。」

 そしてすぐにサンジャヤをそばに呼び、指示をしました。
「サンジャヤよ。パーンドゥ王の息子たちのところへ行き、私が彼らを心から愛しているということを伝えておくれ。それからクリシュナやサーティヤキや、その他の王侯たちにも、くれぐれもよろしくと伝えてくれ。そしてパーンドゥ家をなだめて、何とか戦争を回避するように尽力してはくれぬか。」

 こうしてドリタラーシュトラ王の御者であるサンジャヤは、平和の使者としてパーンドゥ家のもとへと行きました。到着すると、サンジャヤはこう述べました。

「ダルマ神の息子・ユディシュティラ様。再びこうしてお会いできたことは、私にとってこの上ない幸運でございます。諸国の王に取り囲まれた様子は、まるでインドラ神そのものでございます。
 ドリタラーシュトラ王は、パーンドゥ家の幸福を心から望み、皆様のご健康を願っておられます。彼は戦争を嫌悪しておられ、パーンドゥ家との友好を願い、平和を熱望しているのでございます。」

 これを聞いて、ユディシュティラは喜んで言いました。
「もしそれが本当なら、ドリタラーシュトラの息子たちは救われる。いや、われわれすべてが、大きな悲劇から免れることができるのだ。私もまた平和を望み、戦争を憎んでいる。われわれの領土が戻ったなら、すべてのことは水に流そう。」

 サンジャヤは言いました。
「ドリタラーシュトラ王の息子たちは、正道を踏み外しております。父親の忠告や、賢者や長老たちの賢い言葉を無視する、まことによこしまな人間です。しかし、なにとぞ我慢してください。ユディシュティラ様、あなたは常に正しい行動をとってこられました。ですから今回も、戦争の惨禍を避けましょう。戦争によって得た財物で、人間は幸福になれません。親戚や友人たちを殺して勝ち取った領土から、どんな良いものを収穫できるというのでしょうか? 戦争はしてはいけないのです。
 ドゥルヨーダナとその弟たちは、確かに馬鹿者です。しかしだからといって、あなたが正道を踏み外したり、堪忍袋の緒を切る理由はどこにもありません。たとえ彼らがあなた方に領土を返さなくとも、ダルマの至上の道をないがしろにするべきではありません。」

 ユディシュティラは答えました。
「あなたの言う事はまことにもっともだ。しかし私たちは、何か間違ったことをしているだろうか? ダルマの真実については、クリシュナこそがよくご存知で、しかも彼は両家の幸福を心から願っている。だから私はクリシュナの意見を聞き、その意見に従おうと思う。」

 クリシュナはこう言いました。
「私は両家の幸せを心から願っているよ。だがこれは難しい問題だね。
 私自身がハスティナープラへ赴き、クル族の者たちと話し合って、この問題の解決策を出すことにしよう。パーンドゥ家の幸福に反しない条件を、クル家の人々が承認すれば、私としてはこれ以上に嬉しいことはない。もしそうなれば、クル族は滅亡しないですむからね。」

 このようにしてさまざまな意見が交わされた後、最後にユディシュティラは、サンジャヤにこう告げました。

「サンジャヤよ。ドリタラーシュトラ王に、私のこの言葉を伝えてほしい。
『年少のころ、王国の領土を分けていただいたのは、ひとえに叔父上の広く温かいお心によるものと、私ども一同は感謝いたしております。親愛なる王よ。世界には、パーンドゥ家とクル家が共存する十分な余裕があるのです。お互いに敵視しあうのをやめようではありませんか。』と。
 サンジャヤよ。私の気持ちをよく伝えてほしい。ビーシュマ長老のことを、私がどんなに敬愛しているのかを。そして、孫たちがいつまでも仲良く幸福に暮らせるように、何とか工夫していただきたい、と。
 ヴィドラにも同じように伝えてくれ。彼は私たちすべてのためにどうすれば一番良いかがわかっていて、正直にそれを言ってくれる人だ。
 それからドゥルヨーダナに、私の気持ちになってこう言って説明してほしいのだ。
『あなたは王子だった私たち兄弟を、森に追放しました。恥ずかしさにすすり泣くわが妻を、公衆の面前で辱め、苦しめました。私たちはこれらをはじめとするあらゆる迫害を耐え忍んできました。しかし今回こそは、せめて私たちの正当な持ち物を返していただきたい。私たちは五人兄弟だから、五人のために、少なくとも五つの村をよこして、仲直りをしましょう。私たちはたったそれだけでも満足いたします』と。」

 話し合いが終わると、サンジャヤはユディシュティラたちの伝言を伝えるため、ハスティナープラへと帰っていきました。

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